苦しい時代を懸命に生きた<人生の勇者>たちの物語

                              ---- 増山実「勇者たちへの伝言 いつの日か来た道」を読む(2014.6.22)

関西発のお化け番組と言えば「探偵ナイトスクープ」が思い出される、
しかし、その前日に放映している「ビーバップ・ハイヒール」も、10年を越えるなかなかの長寿番組である。
専門的知識を持った研究者・研究家を週替わりでゲストに迎え、再現ビデオを軸に箸休め的なクイズやトークなどをまじえながら、
評判の新書でも読む感覚で、ゲストの専門的知識を学ぶという番組だ。

毎回、ゲストへの取材や著書を読み込みながら作りこまれた再現ビデオは、時に、当のゲストが「これは、よく出来ている」と感心するほどで、
そんな専門的知識や断片的情報から人の心を動かす物語を紡ぎだしてくれるのが、
「ビーパップ・ハイヒール」のメインの構成であるとともに、関西の売れっ子放送作家の増山実である。

物語の主人公は、増山実本人を思わせるような、少しくたびれた関西の放送作家だ。
かつて父と一度だけ野球を見たことがある西宮球場の跡地を訪れると、そこは、巨大なショッピングセンターになっていた。
少しがっかりした気分でいたが、ふと気が付くと「あの日」に戻っていた。

 1番センター大熊、2番ショート阪本、3番レフト長池、4番ライト矢野、5番サード森本、
 6番セカンド山口、7番ファースト石井晶、8番キャッチャー岡村、9番ピッチャー梶本

今は親会社名もチームの愛称も残っていない「阪急ブレーブス」昭和44年のメンバーだ。
スペンサーは前年に退団し、ウィンディは控えに回っており、山田、福本、加藤は、まだ入団1年目だった。
阪急ファンだった私にとって、幼な心がよみがえって、なんとも懐かしい。

球場の外に出ると、そこはまだ昭和44年の西宮北口の駅前だった。
雑居ビルの1階は大衆食堂など小さな店が連なり、一角では白衣の傷痍軍人がアコーディオンを弾いていた。
心地よく塗り替えられた現在の景色からはとても想像がつかないような、まだ戦後を引きずった街並みだった。

そして、そんな店の一角でかき氷を食べながら聞いた父の長い長い話から、物語は思わぬ方向に展開する。
父は能登の寒村に生まれ育ったこと、父の祖父らは能登から北海道の開拓もかなわぬ地に移民として入ったこと、
父の父はやっとの思いで能登に戻ってきたこと、少年だった父は大阪という都会にあこがれたこと、
実は、西宮球場のそばで暮らしていたこと、恋をしたこと、恋人は「帰国事業」で北朝鮮に渡ったたこと、
日本でつらい暮らしを強いられていた彼女は希望に満ちて「帰国」したこと、
そして、最後に二人で西宮球場で阪急ブレーブスの試合を見たこと。

今、振り返ると、北朝鮮に渡った父の恋人が「幸せ」であったとは、とても思えない。
しかし、安価な労働力を希望の言葉で言いくるめたのは「帰国運動」だけではない。
寒い沼地を「開拓」せよと言われた父の祖父たちもまた、 日本政府が企てた移民という名の棄民ではなかったか。
そんな思いのうちに、主人公は現代に戻る。

こんな風に現在と過去を行き来するような物語は、もはやファンタジーに属するだろう。
しかし、そんな物語に、増山は独自の取材をもとづいた実名の人物を登場させる。

父と見た試合で、代打で登場する直前に試合終了になった高井保弘。
後に、代打本塁打の世界記録を作り、代打専門ながらオールスター戦にも選ばれ、
代打逆転サヨナラ本塁打を打ちMVPを獲ったこともある阪急の名選手だ。

その試合でも、独特の名調子で阪急を応援していた今坂団長。
阪急ブレーブスの私設応援団「八二会」の団長で、
阪急を応援するために阪急電鉄に勤めたという、西宮球場と一体だったような人物だ。

父と恋人が試合を見ている外野席に、ホームランを打ちこんだロベルト・バルボン。
キューバから来日し、長く俊足巧打の選手として阪急ブレーブスで活躍したが、
引退後も球団に残り、アバウトな関西弁の通訳をしていたことで知られている。

しかし、「勇者たちへの伝言」は、阪急ブレーブスの物語ではない。
「ブーフーウー」の狼を演じた永山一夫や、「星影の小径」を歌った小畑実も含めて、
あの輝かしいように見えて、実は相当に厄介だった高度成長期の日本において、
どんなに厳しいものであったとしても、「自ら選んだその道で、懸命に生きたすべての人々が、
人生の<勇者>であったことを」記録した物語である。

「勇気を持って生きてきたか?」
きっと、彼らは、ほんの少し誇らしげに顔を上げるだろう。

そんな勇気を持って小さな一歩そんな踏み出した人たちの人生を、
歴史の中に散りばめられたさまざまな情報をつなぎ合わせながら、増山はひとつの物語に紡ぎあげた。
そこには大きな感動があるとともに、増山実の放送作家としての職人芸が光っている。
 

      角川春樹事務所サイト内「勇者たちへの伝言」紹介ページ
     心斎橋大学サイト内増山実紹介ページ

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