警鐘さえもひっそりと鳴らさねばならないやっかいな世の中

                     ――― 劇場版・中島みゆき「夜会VOL.18 橋の下のアルカディア」を見る(2016.3.9)


デビュー以来の中島みゆきのファンなのだが、
若いころのように、コンサートに行くとか舞台を見に行くという習慣がなくなったこともあって、
活動の重点を東京での「夜会」公演にシフトしたころから距離を置くようになり、「夜会」は一度も見たことがない。

だから、「夜会」がどんなものかついては、活字の情報以上のものはわかっていないし、
「橋の下のアルカディア」が他の公演と比較してどうなのかについても、語るすべはない。
にもかかわらず、劇場版・「橋の下のアルカディア」については、語らずにはおれなかった。

一言でいえば、よくできている。
最初は、再開発と居住者の話なのかと思った。
それが、かつて川のほとり暮らしていた村人たちの人柱をめぐる哀しい物語に展開していった。
もう一度、現代に戻って、ゲリラ豪雨や防災の話に落ち着くかのようにも見えた。
ところが、ひょっとしたら、実は反戦の物語なのではないかと思って見ていると、
最後の最後に、思いのほか、あからさまに反戦のメッセージを届けてくれた。

再開発に追い立てられた「棄てられた人たち」は、もっと大きな公に捨てられていたらしい。
人の命をないがしろにする昔話は、けっして単なる昔話ではなかったようだ。
とても個人の力では抵抗できないような激しい雨は、本当にただの天災なのだろうか。
そして、いったん社会から棄てられてしまった者たちは、ひっそりと橋の下に棲むことすら許されないらしい。

この作品は、他の「夜会」と比べても、歌が多くセリフが少ないとされる。
それは、セリフを多くして声高になってしまうと、いろいろと差し障りがあるからかもしれないし、
なにより、この作品が示唆しているやっかいな世の中は、 必ずしも声高二は迫ってくるわけではないことにもよるのだろう。

だからこそ、気がついたときには後戻りができなくなっているかもしれないし、
中島みゆきがひっそりと、しかし、しっかりと伝えたかったのは、そのあたりのやっかいさなのだろうと感じられた。




     中島みゆき「夜会」公式サイト
     YAMAHA サイト内「夜会VOL.18 橋の下のアルカディア」ページ 
                                            


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