癒し系に見えて、自ら人生を切り開くことにこだわる生活感のある物語

                                    ----木皿 泉「昨日カレー、明日のパン」を読む(2013.5.26)

寡作だが、忘れることのできないドラマを書き続けてきた木皿泉が、心機一転、発表した短編連作の小説集である。
最初に依頼を受けてから9年、初代担当編集者は刊行時に社長になっていたらしい。

物語の軸になるのは「ギフ」と「テツコ」の二人家族、OLのテツコは夫の一樹が亡くなった後も、義父で気象予報士のギフと暮らしている。
テツコには、同僚で新しい恋人の「岩井さん」がいる。

そんな主演2人と準主役1人に、各話ごとにゲストが登場する。
隣家に暮らすCAをやめた「ムムム」、テツコの同僚で山ガールの「師匠」、
一樹の従兄弟で弟分だった「虎尾」、岩井さんが偶然出会った小学生の「女の子」など。
彼らは、偶然の引っかかりのようなものをきっかけにして、レギュラーメンバーと人生のひと時をともにすごし、
そのさりげない会話の中から自ら何かを発見して、彼らの心の内にある人生のこだわりのようなものを解きほぐしていく。

たとえば、ギフは、突然、笑えなくなったムムムに「言葉をあげた」という。
そして、どんな言葉なのかと問いただすテツコに、ギフは「ムムムにだけ効くスペシャルだし」と言う。

この「自ら何かを発見」というのがポイントで、 けっして誰かが都合よく助けてくれるような話にしていない。
岩井さんは無理に助けようとしていささか脱線気味の振る舞いもするが、
実際のところ、相手は岩井さんとは別のところで自分の答えを発見していたりする。
幸せな物語のようでいて、自ら人生を切り開くことにこだわる。この姿勢は、最近はやりの「癒し系作品」とスタンスが違う。

最後に、ギフの亡くなった妻の夕子と、テツコの亡くなった夫の一樹の物語が置かれている。
それらは回想のようでいて、現在のギフとテツコを解き明かす大切な物語になっている。
実は、夕子の物語と一樹の物語の間に、ギフをめぐるドタバタ劇があるのだが、
トリの前に軽い色変わりのモタレを置く寄席の番組に近い発想にも思えた。

直前に出たムックによると、この本のテーマ曲は由紀さおりの「生きがい」だという。
最初は違和感があったが、「生きがい」のような心情がテツコの奥底にあるとわかって、もう一度、謎が解けたような気分になった。

こうした表に出てこない設定が物語をしっかりと支えてくれるのだろうし、
由紀さおりの40年ほど前のヒット曲という思わぬところからもってくるというのも、
木皿泉の創作の秘密であり、魅力や味わいと言えそうだ。

もし、脚本家・木皿泉のドラマがテレビ業界としては満足する数字が得られれず、
コアなファンが確実に購入することで出版界としてなら満足する数字になるのであれば、
この際、小説家・木皿泉への転身というのも、十分にありうることなのかもしれない。
手に取りさえしてくれれば、手放せなくなるような魅力に満ちあふれているのだから。



  *  本作は2014年の本屋大賞第2位となり、2014年10月木皿泉自身の脚本によりNHKBSプレミアムで ドラマ化されている。

      河出書房新社サイト内「昨日のカレー、明日のパン」ページ
     河出書房新社サイト内「木皿泉応援団」サイト
      Wikipedia「昨日のカレー、明日のパン」ページ
      歌詞ナビ内由紀さおり「生きがい」ページ



   つい役者を想定しながら読んでしまったドラマの前日譚

                               ---- 木皿泉「さざなみのよる」を読む(2018.7.17)

伝説のドラマ「すいか」などで知られる、脚本家・木皿泉の小説・第二弾である。

43歳でガンで亡くなったナスミをめぐる、14話にまで至る短編連作を集めている。
ナスミという奇妙な名前で思い出した。 2016・2017年のNHKの新春を飾ったドラマ「富士ファミリー」の登場人物だ。
 ドラマ内ではナスミはすでに亡くなっており「幽霊」として登場していたから、 この小説はドラマの前日譚にあたる。

第1話は、ナスミがまさに息を引き取ろうという場面から始まる。
続いて置かれるのは、善良で不器用そうな夫・日出夫、しっかり者だが独身の姉・鷹子、 さっさと結婚して家を出た妹・月見、
正体不明の三姉妹の叔母・笑子ばあさんと、それぞれの視点から見た、それぞれにとってのナスミの特別な思い出の物語だ。

となると、どうしても小説の人物像をドラマの配役に重ねてしまう。
小説でもヤンチャでオトコマエだったナスミは、やっぱり小泉今日子だと思うし、
きっと夫の日出夫は吉岡秀隆だろうし、あの姉の鷹子は薬師丸ひろ子としか思えない。
そして、月見はミムラに見えるし、笑子ばあさんは片桐はいりの怪演で読んでしまう。

そんなわけで、いつのまにか小説が脳内でドラマとして再生されてしまい、
ドラマでは登場しなかった人物についても、役者をあてながら読み進めてしまう。

ナスミの同級生で夢破れた野球少年だった散髪屋の清二は、山西惇の顔が浮かんだ。
実はナスミと出会っていた清二の妻・利恵は、「すいか」のともさかりえがふさわしい。
子どもだったナスミと出会い今は良きジジイになっている佐山啓太は、橋爪功だろうか。
ナスミの元同僚だった加藤由香里は、「すいか」の市川実日子の声で語ってくる。

日出夫と再婚する愛子は、ドラマにも登場していた。仲里依紗だ。その情けない兄には、「すいか」の金子貴俊に演じてもらおう。
ナスミが大好きだった漫画家・樹王光林は、時節柄、豊川悦司に演じてもらった。
そして、ビル清掃会社でナスミの同僚だった好江は、いろんな意味で小林聡美だろう。
ものすごく近い場所にいたはずなのに、ものすごく遠い場所に行ってしまった感じを、 ある種の惜別をこめて念入りに描かれていた。

各話の冒頭には、静かな水に小石を投げ入れたような波紋が描かれており、
話が進むごとにその輪は大きくなり、後半ではやがて小さく静かになっていく。
なるほど、ナスミという小さな石が彼女の周囲の人々の人生に起こした ほんの小さな「さざなみ」のようなものを、
丁寧に拾い上げ描いている物語なのだ。

腰巻の「何だか死ぬのが怖くなくなったような気がしたり」の言葉にうなづかされた。