ペンネームでペンネームにとまどう

                     −おり おりの香山リカ(2002.1.1)
 古本屋でみつけた香山リカの「I miss me」を読みました。

 本自体は、青春出版社への書き下ろしということもあり、「こころの専門家」ではあるけれど「失恋の専門家」でもある香山リカが、先輩女性として若い貴女 に語るという体裁で、あまりなにかを得るというようなものではありませんでした。ところが、この最終章というのが、なかなかに興味深いものだったのでし た。

 この章の書き出しは、こうです。

  私もよく、「本当の私」ってなに? と考えます。

 香山リカといえば、この「リカちゃん人形」の名前をペンネームに使って、精神科医をしながら軽やかにサブカルチャーを語ることで知られています。
伊達メガネをかけた風貌と人を食ったようなこのペンネームは、ライターとしてマスメディアにもまれる仕事とデリケートな気遣いが必要な本業の精神科医を区 別する意味でも、どうしても必要なものであったのでしょう。
 したがって、ここでいう「本当の私」とは、「香山リカ」のことではありません。彼女は、「病院に勤めていたときやカウンセリングのとき、」「家族や昔か らの友だち」が呼ぶ(私たちが知らない)「別の名前」を持っています。香山自身も、「香山はちょっとウソ、本名が本当の私なんだ」と自分で言い聞かせ、そ れくらい「本名の私と「香山リカ」で活動しているときの私は違う」(と自分では思っていた)のだと言います。

 ところが、「<香山リカ>業」も長くなると、「香山リカ」として知り合った編集者とも友人になるなど、だんだん「香山リカ」をつくりものだ と言ってられなくなってきたのです。
 たとえば、現在、香山リカの主な肩書きは、「神戸芸術工科大学視覚情報デザイン学科助教授」です。「視覚情報デザイン学科」という学科名からもうかがわ れるとおり、香山リカは単なる精神医学の専門家としてではなく、マスメディアでおなじみの「香山リカ」としてむかえられているのです。(神戸芸術工科大学 サイトの教員紹介にも、「香山リカ助教授」と紹介されています。もともと人形の名前だというのに。)
 そして、ついには、精神医学の専門雑誌まで「香山リカ」に執筆依頼が来たというのです。もともと精神科医としての仕事をないがしろにすることのないよう に使い出したペンネームに対して、精神医学の側から声がかかるなどとは思いもよらなかったことでしょう。香山自身も、「本名で医師として経験したことと、 「香山」としてメディアの世界で見聞きしたこと、両方を織り交ぜて論文を書かなければならないわけです」と、妙に神妙になっています。
 そして、そんな状況を楽しんでしまうことで自分も楽になった、「本当の私」がどこにあるかで悩むことがあってもいろいろな私がいることが本当の私なの だ、というのが、この章のメッセージでした。

 むろんそうした本題よりも、そんな「いろんな「本当の私」がいることにとまどう」ということを、ペンネームで書いてしまっている香山リカという存在の不 思議さというものに、いたく感じいったのでありました。



    * 引用は、いずれも「I miss me -新しい自分を見つける42章」(香山リカ・青春出版社・2000)から

    * 私の持ってる香山リカの著作
    「リカちゃんコンプレックス」(太田出版・1991)
    「香山リカのきょうの不健康」(対談集・河出書房新社・1996)
    「インターネット・マザー」(マガジンハウス・1999)
    「I miss me」(青春出版社・2000)
    「ぷちナショナリズム症候群」(中公新書・2002)
  
      CARAVAN・香山リカ参加サイト
    


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