実は理想の「舞台」を求め続けていた天才的「メディア」芸人

                                  ---- 戸田学「上岡龍太郎 話芸一代」を読む(2014.3.8)

読み見進めるうちに、ああもったいないことをしたなあ、と深く後悔の念にかられた。
と言っても、上岡龍太郎が引退したことではない。
上岡龍太郎の生の芸に触れるチャンスがありながら、それを見逃してきたことに対してだ。

上岡龍太郎は、2000年4月、齢58歳で芸能界を引退した。
それまでも、大橋巨泉が1990年3月、56歳で芸能界をセミリタイアした例はあるが、
大橋巨泉が著書の宣伝を兼ねた「ゲスト出演」をいとわなかったのに対し、
上岡龍太郎は完全に芸能界と縁を切り、引退後も視聴者の前に登場することはなかった。
のちに、2007年に「横山ノックを天国へ送る会」で弔辞を読む姿がテレビで流れたが、
それとて番組の出演者としてではなく、あくまで中継先にいた関係者として映されたのみである。

それまで、毎日のように、上岡龍太郎の声を聴き、姿を見続けていたし、
当初の引退表明から実際の引退まで3年以上もあったことから、
本人がきっぱりと引退を口にすればするほど、本当に引退するのかも定かではなかったし、
ましてや、これほどきっぱりと引退してしまうとは(少なくとも私には)思えなかった。

そして、その毅然とした引退によって、関西芸能界には「上岡ショック」というようなものがあったようだ。
すなわち、目の前にいた巨星がほぼ全盛期に近い状態のまま自ら退くという決断をしたことを踏まえ、
「なら、自分はいつ引退するのか。それは何年先か。今ではないのか。」
という自問自答を強いられているようにうかがわれるのだ。

明石家さんまや浜田雅功が冗談でも「引退」という言葉を口にしたというのもそうだろうし、
不祥事があったとはいえ、あまりにも突然に島田紳助の引退を決意した背景にも、
テレビ芸の師ともいえる上岡龍太郎の生き方が反映されているといっていい。

それほどに大きな存在だった上岡龍太郎の話芸を、
本人や関係者への聞き取りをもとに存分に解読したのが、この本である。
ラジオ芸・漫談・上岡流講談・劇団・独演会・テレビ芸という6章だてで、
いろんな顔を見せる上岡龍太郎の話芸を振り返っていく。

1968年、突然の漫画トリオの解散により横山パンチから名を改めた上岡龍太郎は、ラジオの深夜番組から再出発した。
その後、1974年から25年続いた「歌って笑ってドンドコドン」などで磨かれたラジオ芸の数々。
テレビ芸で紹介される「ノックは無用」は、安価な製作費からひねりだしたトーク番組だったが、
上岡龍太郎の卓越した話術によって1971年から26年間続くこととなった。

私は、そんなメディアでの上岡龍太郎だけが上岡龍太郎の芸だと思い込んでいたところがあり、
上岡龍太郎のもう一つの顔であった舞台芸のことを軽視していた。

しかし、どうやら上岡龍太郎はテレビを稼ぐ場所として割り切りながら、
漫才師という舞台で出発した者が本来居るべき場所として、 常に舞台芸を意識してきたところがあったようだ。
あるいは、浮草なテレビタレントとなり戻るべき舞台を失ってしまったがために、
自分の芸が正当に評価されていないといういらだちがあり、自らの帰れる場所を改めて作ろうとしていたのかもしれない。

漫談の章で紹介されるのは、名古屋のラジオ番組から生まれたライブイベントでの話芸だ。
それが発展する形で、1977年ごろ旭堂南陵の門下となり、旭堂南蛇の名で地域寄席などにも登場した。
その後、伝統芸能としての講談からは離れたが、もっと自由な話芸として「上岡流講談」と称し、
1991年から始まる「上岡龍太郎ひとり会」で披露されることとなる。

また、子どものころからの時代劇好きから、1983年に大衆演劇めいた「上岡龍太郎劇団」を旗揚げし、
1985年には藤山寛美が深くかかわる「変化座」へと発展する。
藤山寛美は、上岡龍太郎の求心力が大阪喜劇の継承や再生の起爆剤となると考えていたようだ。
しかし、志半ばにして藤山寛美は亡くなり、「変化座」の活動も1991年で終わる。
そこでの上岡龍太郎は自分が演じたい舞台を作るという以上に、 自分が見たい舞台を作ろうとしていたフシがある。

そして、上岡龍太郎の舞台の集大成が1992年から1999年まで8回続いた「上岡龍太郎独演会」である。
「ひとり会」での上岡流講談をはじめ、歌謡ショーのパロディ、「火垂るの墓」や「宮本武蔵」の小説詠み、
ソクーロフ監督の存在しない映画「浜辺にて」の解説など多彩で、最後の第8回では「忠臣蔵」を語り切った。

この独演会については、情報としては知っていても、その大切さをよくわからないまま、
十分にチャンスはあったのに、私は一度として足を踏み入れることはなかった。
なんとなくだが、コアなファン向けに自分の趣味で余芸を披露している場所であるというような勝手な思い込みがあったのだ。

改めて、この本で紹介された独演会の記録を読み返すと、
この上岡龍太郎独演会は、観客もしくはプロデューサーとして上岡龍太郎本人が楽しめるほどに、
自分が見てみたい芸を上岡龍太郎自身が作り、演じてみせたのであり、
それが可能なほどに芸人・上岡龍太郎の充実期に演じられた、渾身の舞台だったのである。

288ページに及ぶこの本には、上岡龍太郎や関係者の多くの言葉とともに、
 漫談「キヨスクに於けるベストセラーの考察」(作・加藤吉次郎)、
 上岡流講談「ロミオとジュリエット」(作・佐伯勝) 、
 映画解説「浜辺にて ナ・ヴィズモーリィエ」(作・加藤吉次郎)、
 上岡流講談「無法松の一生」(作・川島みちこ)、
 上岡流講談「長谷川伸の世界」(作・上岡龍太郎)の速記録が残されている。
「ロミオとジュリエット」については、ライブCDが付録としてついている。

これらを読み、また聞きながら、 少しでも「天才・上岡龍太郎」の話芸に思いをはせることができそうだ。
大切にしたい一冊だ。
 

      青土社サイト内「上岡龍太郎 話芸一代」紹介ページ
     Wikipedia上岡龍太郎ページ
     Wikipedia戸田学ページ 
   

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