日露戦争を生き抜いた杉元とアイヌの少女アシリパの金塊探しの物語

                          ――――野田サトル「ゴールデンカムイ」1巻を読む2016.5.16)


ネット上の知人が激賞するので、読み始めた。

舞台は日露戦争直後の北海道。小樽近郊の山のようだ。
二百三高地の激戦を凄まじい戦い方で生き抜いた「不死身の杉元」は、
どうしてもカネが欲しい事情があって、飲んだくれのオヤジの導くままに砂金採りにきていた。

酒で機嫌のよくなったオヤジは、不思議な話をする。
アイヌたちが密かに軍資金として集めた金塊を、仲間を皆殺しにして独り占めした男がいる。
本人は、今も網走監獄の奥深く死刑囚としてぶち込まれているが、
金塊のありかを示した地図を、密かに囚人たちの全身に刺青として残し、
彼らに脱獄させ、金塊を発見した者に、その半分をやると約束した。

その噂をかぎつけた屯田兵のはみ出し連中は、死刑囚を移送するとして強引に連れだしたが、
逆に、囚人たちによって皆殺しにされて、全員が消えてしまった。
しかも、囚人たちの刺青は、全員で一つの暗号になっているらしい。

しゃべりすぎたと、飲んだくれは杉元を襲うものの、すぐ返り討ちにあって逃げ出す。
追う杉元が見つけたのは、ヒグマによって命を奪われていた飲んだくれの姿だった。
そして、その全身には、さっき本人が語っていた地図の刺青が施されていた。
あの話は、本当だったらしい。

という瞬間、杉元はヒグマに襲われる。ヒグマの「エサ」を奪おうとしているように見えたからだ。
さすがの不死身の杉元も危機一髪、 というところでヒグマを倒したのは、アイヌの少女・アシリパの放った毒矢だった。

大量の金塊と脱獄した刺青の囚人という冒険心をくすぐる設定、
明治期の北海道という、雄大で過酷で、実は豊かな大自然という舞台、
そして、不死身の杉元も手こずる北海道の自然を知りつくしているアイヌの少女。
どうやら殺されたアイヌの一人は、アシリパの父親であるらしい。

杉元とアシリパによる金塊を探し求める旅が始まる。
ところが、それを妨害しようとする者たちがいた。陸軍最強と言われた北海道の屯田兵部隊である。

というところまでで、一気の200ページ。
面白いじゃないか。



    本当に描きたかったのは「和人 meets アイヌ」なのか

                       ―――野田サトル「ゴールデンカムイ」2巻を読む(2016.5.17)


小樽近郊の森の中、杉元とアイヌの少女・アシリパの旅は続く。

ワナで獲ったウサギを食べる。アシリパは、ウサギの目玉を生のまま、杉元に渡す。
「目玉は、その獲物を獲った男だけが食べていいもんなんだぞ。」

少しひるんだ杉元だが、なんとか生のまま食べる。
文化が衝突した時に、相手の文化を尊重する姿勢は分かり合うための大切な姿勢だ。
ちなみに、ウサギ鍋を食うのに杉元が取り出した味噌については、アシリパは「オソマ(糞)」と言って嫌がる。
まだ修行が足りないようだ。

そんな二人を発見する屯田兵たち。
アシリパは、賢い獣たちも使うという「止め足」を使って、追っ手を混乱させる。
一旦進めた足をそのまま後退してから近くの笹薮に跳ぶことで、雪上の足跡を消す技だ。

やっと助かった二人は、アシリパのコタンにたどりつく。
アイヌの言語しか話せない老婆を始め、シサム(客人)の杉元をコタンの人々は歓待する。
それが、アイヌの流儀であるらしい。

杉元はコタンで暮らすうちに、獣や川魚などを得るために仕掛けるワナなど、様々なアイヌの知恵を知る。
そして、それは、冬の北海道を生き抜く知恵でもある。
次々と、「和人 meets アイヌ」というべき、アイヌの文化や知恵を紹介するページが続く。
なるほど、本当に描きたかったのは、こっちなのかと気づく。

などと言っているうちに、杉元は小樽で勝手にドンパチやり始める。
まあ、一応「不死身」な戦闘力だから良いのかもしれないが、やることが派手だ。
久しぶりの「少年マンガ」に少々あてられてしまったが、 十分に夢中だ。


    血なまぐさい物語を彩る、自然と生きるがゆえの血なまぐさい料理

                       ――――野田サトル「ゴールデンカムイ」3巻を読む(2016.5.22)


杉元たちのワナに捕まった脱獄囚の一人だった「脱獄王の白石」が仲間に加わった。
どうやら、彼らを追っている第7師団の部隊は、日露戦争で深手を負った鶴見中尉の指揮のもと独自に動いているらしい。

さらに、別の人物も動き出した。刺青をされた脱獄囚の一人であり、密かに戊辰戦争を生き延びた老人・土方歳三である。
同じく刺青を持つ乱暴者の「不敗の牛山」を仲間に引き入れ、独自に刺青収集を始める。

鶴見は、日露戦争の折、上官の愚かな判断で多くの軍人が使い捨てにされたことで、
土方は、アイヌが静かに暮らしていた豊饒な北海道の地をあたりまえに収奪していることで、
それぞれ、時の政府を許せないでいる。

そんな大きな物語とは無関係に、ごくごく私的なゲリラ戦を続ける杉元たちは、
アシリパが教えてくれる自然と暮らすための様々な知恵や工夫を使いながら、
冬の小樽郊外の森で、猟をしながらサバイバル生活を続けている。

そんな森の中を進む男たちがいた。
マタギ出身で鶴見の部下の兵・谷垣と、 ヒグマを一発で仕留めることにこだわる「熊撃ちの二瓶」である。
谷垣は、杉元たちを襲ったとき、彼らを救うエゾオオカミの姿を見た。
そのエゾオオカミは、なぜかアシリパになつき、レタラという名も与えられていた。
幻のエゾオオカミの姿は、二瓶の熊撃ちの血を騒がせた。 二瓶もまた、刺青を身体にまとう脱獄囚であった。

続々と、新しい登場人物が登場する。水滸伝的な英雄列伝が、冬の北海道で繰り広げられる。ただ、相当に血なまぐさい。
狩った獣たちを鍋にする食事シーンさえも、十分に血なまぐさいのだ。
それは、本来、人が自然の中で生きるということ自体が、 血なまぐささと無縁ではいられないものなのだ、
という野田サトルの主張であるようにも見える。


    レーニンを思い起こさせる鶴見中尉の革命思想

                       ――――野田サトル「ゴールデンカムイ」4巻を読む(2016.5.26)


「熊撃ちの二瓶鉄造」とマタギ出身の第7師団の兵・谷垣という猟師コンビとの戦いは、間一髪のところで杉元たちが勝利した。
それだけで、3巻の後半120ページと4巻の冒頭40ページを使うあたりが青年マンガだ。
それでも、谷垣を倒したのがアイヌの鹿猟用の仕掛け弓(アマッポ)で、
北海道の自然とともに生きるアイヌの知恵の力を借りた勝利というのがポイントだ。

その後は、しばらく毒で動けない谷垣を連れてアシリパのコタンに戻っての物語になる。 つまり、コタンでの日常の物語だ。
鹿肉の鍋(ユクオハウ)、神の魚(カムイチェプ)である鮭のルイベを食べ、
鷲猟用の小屋(アン)から、鉤(カパチリアプ)でオオワシの足首を狙う。

谷垣は鶴見中尉の本心をこう語る。
「軍事政権を作り、私が上に立って導く者となる。」
「凍てつく大地を開墾し、日々の食料の確保もままならない生活から救い出す」
「それが死んでいった戦友たちへせめてもの贐である。」
日露戦争で頭蓋骨を破壊された鶴見は、額から上にツルリとした装具をつけていて、
積み上げた武器の箱を演台がわりに熱く語る姿は、レーニンにそっくりだ。

一転、小樽では、土方歳三が行動を起こす。
軍資金のための銀行強盗だが、あわせて愛刀「和泉守兼定」を奪い取るのも心憎い。
そして、土方歳三と接触した脱獄王・白石の情報のもたらすままに、杉元たちは、ニシン番屋のある海岸に向かう。
そこには、アシリパの叔父(アチャポ)がいた。


    とても信じられないアシリパの 父の「真相」

                       ――――野田サトル「ゴールデンカムイ」5巻を読む(2016.5.29)


小樽の海岸で出会った一見おとなしいニシン漁師に見えた男・辺見は、
人を殺すことに快楽を覚え、スキさえあれば相手を殺してしまうのだが、
実は、残酷に自分を殺してくれる強い相手を探し求めているという、 脱獄囚の一人だった。

殺さないと殺されてしまうので、相手の望むままに死闘を繰り広げる杉元だが、
いよいよ決着がつくかというところに、巨大なレプンカムイ(シャチ)が登場する。
ニシンの群れを追ってクジラたちが現れ、そのクジラたちを追うシャチは海の頂点に立つ。
それゆえ、アイヌたちはシャチを「獲物を浜に上げる神(イソヤンケクル)」と呼ぶ。
(と、よどみなく10歳前後のアシリパが解説するのは、冷静に考えればアレだが、まあいい。)

一方、アシリパのコタンに残ったマタギの谷垣は、第七師団の兵・尾形らに襲われる。
密かに、鶴見中尉に造反していたらしい。
尾形らは第七師団に追われ森へ去ったが、コタンを離れがたくなっていた谷垣は第七師団に戻る気分にもなれないようだ。

そして、海岸からの帰り道、森を進む杉元たちは、
イトウ漁をする父の昔の友人・キロランケから衝撃的な話を聞かされる。
殺されたはずのアシリパの父こそが、アイヌの金塊を奪った犯人「のっぺらぼう」なのだ、と。
のっぺらぼうは、金塊をアシリパに託そうとしていた、と。

物語は、大きく展開する。 キロランケニシパの話が信じられないアシリパは、
自ら網走監獄に収監されている「のっぺらぼう」に会いに行くと宣言する。

というわけで、今回の食事は、シャチの竜田揚げ、子持昆布の串揚げ、イトウの塩焼き、
アイヌの知恵は、着物や紐や袋ににするオヒョウの樹皮はぎ、
ヤナギの枝を編んだイトウ漁の仕掛け・テシ、服や靴や小刀の鞘にするイトウの皮はぎ。


    力を認めあうことによって成立 する戦略的共闘

                       ――――野田サトル「ゴールデンカムイ」6巻を読む(2016.5.29)

小樽周辺で展開していた物語は、一転、網走を目指すロードムービーの様相にな る。
むろん旅先の人々との暖かい交流などなく、ひたすら刺青の囚人や開拓地の無法者たちとの戦いが繰り広げられるばかりだ。

杉元一行が泊まった札幌のホテルの女主人は、
密かに宿泊客を殺し、自らの肉体改造を続けてきたという女装の囚人・家永だった。
土方の手下・不敗の牛山も同宿し、ともに相手の強さを認めた杉元と牛山は気があったようだ。
例よって「女主人」との死闘によってホテルは崩壊するのだが、
なぜか牛山は、正体をしているというのに「女主人」のことを助けている。仲間にするつもりなのか。

一方、土方歳三一行は、小樽の東・茨戸の町で、ニシン漁と賭場の利権をめぐる内輪もめに介入していた。
ニシン場の親方が囚人の刺青を隠し持っているという噂を聞いためだ。
そこに、さらに介入していたのが、第七師団を離れた狙撃手・尾形である。

双方のチンピラたちが全滅した後、生き残った土方一行に、敵方だったはずの尾形が売り込んで来る。
ここにも、双方の力を認めあうがゆえの戦略的な共闘が成立したようだ。

というわけで、この巻は、ドンパチばかり。


   読み疲れしそうなほどの死闘に続 く死闘

                       ――――野田サトル「ゴールデンカムイ」7巻を読む(2016.5.30)

ようやく最新刊。
どんどん新しい人物が登場して、どんどん死んでいくので、
だんだん変顔みたいな人物が増えているような気がするが、まあよい。

杉本一行は、まず苫小牧競馬場でひと暴れ。
日高につくと、アメリカ人の牧場主の依頼を受け、ヒグマと戦うことになる。
それも、1頭のはずが3頭もいた。 だんだん戦う相手が強くて大きくなる例のパターンか。

そこからは、もう延々120ページに及ぶ死闘に続く死闘。
お疲れさんでした。おかげで、刺青一体分収集しましたとさ。 楽しいなりに、読み疲れも否めない。
まとめ読みをしたせいもあるかもしれない。

ということで、この巻のアイヌ文化は、トッカリ(アザラシ)鍋と、アザラシの皮で作った衣服、
女性どうしがしゃがんで抱き合い、紙や肩や手をさすりあう 「ウルイルイェ」という挨拶。



   とんでもない人物が次々と登場す るロードムービーの宿命

                       ――――野田サトル「ゴールデンカムイ」8巻を読む(2016.9.11)


連載当初は、巻マタギのマタギとの戦闘シーンもあったのだが、このところ一巻完結の形式になっているようだ。
この巻は、炭鉱で栄える町・夕張が舞台だ。

ロードムービーの宿命で、その町限りのゲスト登場人物が必要になる。
夕張のゲストは、人間の皮膚で剥製を作っているという、とんでもない剥製職人だ。
しかも、極端に承認欲求が強い、渾身の「気色悪い男」である。

鶴見中尉はいち早く接触していて、ニセモノの刺青人皮を作らせようとしている。
土方歳三一派からも、鶴見の部隊を離れた狙撃手・尾形が登場した。
そこで、いつも通りのなんやかんやがあって、さらに炭鉱でなんやかんやがあって、
危機一髪の杉元と白石を救出したのは、なんと土方一派の牛山だった。
ということは、杉元派と土方派が、ついに合体するのか。 気になるところだ。

というわけで、今回の食事は、
川に戻ってきたイチャニク(サクラマス)の切り身に焼いて皮をむいたマカヨ(フキノトウ)の茎、
コロコニ(フキ)、フラルイキナ(ギョウジャニンニク)を加え塩味で煮た「イチャニウのオハウ」。
ようやく、雪と氷に閉ざされた季節が終わったのだ。

むしろ、物語内の時間が、まだ数か月しか経過していないいうことでもある。




    やはり、キロランケはイスカリ オテのユダなのか

                        ――――野田サトル「ゴールデンカムイ」9巻を読む(2016.12.17)


案の定というか、渋々というか、
剥製職人江渡貝宅にいた杉元と土方の一味は、鶴見中尉の部下たちに襲われ、
いつもの派手なドンパチのあと、やむなく呉越同舟、同床異夢の旅が始まる。
次の目的地は、贋札犯・熊岸長庵が収監されているという月形監獄である。

二手に分かれての移動とはいうのの、杉元・アシリパ・スナイパー尾形・不敗の牛山という取り合わせも妙だが、
土方・永倉・女装の家永に、 脱獄王・白石と謎のアイヌ・キロランケというのもキャラが濃い。

アシリパのコタンを出発したマタギの谷垣も、後を追う。
なぜか、予言女・インカラマッと、コタンからついてきた少年・チカパシも一緒だ。

途中、脱獄王・白石と熊岸のサブストーリーや、土方と永倉の小さなエピソードを交えつつ、
戦闘力の強い杉元班は、アイヌコタンを乗っ取っていた脱獄囚たちとドンパチを繰り広げる。
少しずつ役者がそろってきた感じだ。

というわけで、今回の食事は、家永が作った馬のモツ煮「なんこ鍋」と、
アシリパの罠で捕まえたトゥレプタチリ(ヤマシギ)の チタタプ(ミンチ)を煮込んだオハウ(鍋)。
特に、江渡貝邸宅での「なんこ鍋」は、なぜか長テーブルで横一列に食べていて、
というよりも、レオナルドの最後の晩餐そのままの構図になっている。

キリストの位置には、アシリパさん。右に土方一味、左に杉元一味でペテロに杉元、ヨハネに白石をあてている。
足りない人物は江渡貝の人体剥製で補充しているあたりがアレなのだが、
イスカリオテのユダに配置されているのがキロランケというのが、なんとも示唆的なところだ。



   杉元と土方が団結に向かう中、舞台は道東に向かう

                        ――――野田サトル「ゴールデンカムイ」10巻を読む(2017.4.8)


杉元派と土方派が大同団結に向かおうとする中、
第七師団に捕えられた脱獄王・白石は、土方に内通していたことがバレるのを恐れて、まったく脱走しようとしない。

逃げる気のない白石を救出するという厄介な使命を、
杉元は土方派の狙撃兵・尾形の援護を受けながらやり遂げることができた。
アシリパも、危機一髪の杉元を弓で助ける。
一度裏切った者は二度裏切るという厳しさを持つ杉元だが、
実は裏切っていなかったことが証明された、として白石を赦す。

舞台は、第七師団の軍都・旭川を越え、大雪山中までやってきた。
にしても、劇中では小樽を出てからたった2か月しかたっていなかったのか。季節は、まだ春だものな。

というわけで、今回の食事は、
ハルイッケウ(ウバユリ)のゆり根を潰して精製したデンプンを水で溶いて、
ヨブスマソウの茎の中に流し込んで蒸し焼きにした「クトゥマ(筒焼き)」と、
フキの葉で包んで焼いた団子にサクラマスのチボロ(筋子)を潰して載せたもの。

アシリパさんは、まだ子どもだというのに、郷里からずいぶん離れた地域のアイヌ文化もくまなく知っている。
だんだん、お約束を通り越して、頼もしくさえ見えてくるようになってきた。



    殺伐とした展開の中、異彩をはなつ新しい生命

                       ――――野田サトル「ゴールデンカムイ」11巻を読む(2017.8.27)


大雪山を気球で越えた杉元らは、十勝から釧路に向かう。
季節は夏、ぶどう蔓を浮きにした罠「カシンタ」でサロルンカムイ(湿原にいる神・丹頂鶴)を獲って、鍋にする。

という杉元らの動きよりも多くの紙数で描かれたのが、銀行を続けては鮮やかに逃げ去る「蝮のお銀」と「稲妻強盗」の二人だ。
殺人もいとわず、とにかく全てにどん欲だ。 刺青コレクションのゲストとしては、良い意味で濃い二人だった。

一方、続いて登場したゲストが、なかなかの難物で、 恐るべき博愛精神で、あらゆる「生けるもの」を愛するとんでもない人物だ。
「支遁」で「シトン」という名をつけるのも、この際、許そう。 こちらは、次巻まで持ち越しだ。

相変わらずな殺伐とした展開の中で、少し変化が感じられたのは、
捨てエピソードかもしれないけれど、新しい生命の誕生を描いたからか。

ところで、杉元が「惚れた女」のために金塊を欲しがっていると知ったアシリパさんが、
突然、サロリンリムセ(鶴の舞)を踊りはじめたのは、 ほのかな恋心の描写と思っていいのだろうか。
「ウコチャヌプコロ」の意味も、きちんと理解しているようだし。



    語られるほどに謎が深まるアシリパの父の本当のところ

                         ――――野田サトル「ゴールデンカムイ」12巻を読む(2018.1.14)


まずは、支遁篇の後半から始まる。
「その好奇心と発想力を尊敬」しないまでも、杉元らが妙に理解を示しているあたりが、男子のダメなところか。
ただ、おかげで某CMを見てザ ワザワするようになったのも確かだ。

大地を汚したとして怒るアシリパさんだが、
単に、作者がアシリパさんにウコチャヌプコロと言わせたいだけじゃないのかとも思える。男子のダメなところだ。

また、これまで謎の占い師で妖女という印象しかなかったインカラマッが、 この巻ではすごい勢いで浄化されている。
子どものころからアシリパの父・ウィルクと暮らしていた、そのウィルクの死の真相を知っている、とアシリパさんに告 白し、
自分がアシリパさんの真の理解者であるようなそぶりを見せる。
あるいは、谷垣と男女の中となり、アイヌの女として金塊を守りたいから、ともいう。
表情も、穏やかになっている。

今のところ、あのインカラマッの言うことが信用できるものかとも思うが、まんざら嘘とも思えないだけに取り扱いに困る。
少なくとも、インカラマッの告白が杉元らを動揺させたのも確かだ。

そして、杉元らの旅は釧路から屈斜路湖へと移り、真っ暗闇の中で襲い掛かる「盲目の盗賊」たちと対峙することとなる。

というわけで、今回の料理は、ラッコの鍋だろうか。
にしても、筋肉質の男の裸が不必要なまでに登場したのには閉口したのだが。



    んなわけねえだろ、な展開を一 気に読ませてしまう構成力

                         ――――野田サトル「ゴールデンカムイ」13巻を読む(2018.4.28)


2016年のマンガ大賞に続き、手塚治虫文化賞も受賞した「ゴールデンカムイ」である。
アニメ化までされると聞き、いろいろ心配するところもなくはないのだが、それは客が心配することではない。
 とりあえずは、ますますのご発展、おめでとうございます、というところである。

さて、13巻の冒頭は、入浴中の杉元らが灯りが消されて漆黒の闇の中、
硫黄山の作業で視力を失った元囚人たちの盗賊団に襲われるところから始まる。
暗闇の中、音を頼りに戦う彼らが相手では、いかに戦闘力の強い杉元らも分が悪い。
冷静に考えれば、んなわけねえだろというところだが、一気に読ませる力があるから、気がつくと納得してしまっている。

露天風呂で襲われた場面なので、筋肉質の男たちが全裸で戦うという絵面だし、
股間だけは手前に生えているキノコのアップ(超近景)で隠しているものの、少なくとも私的にはシュミではない。
それでも、夢中で読まされてしまったんだから、文句は言えない。

一方、夏が短い北海道は一気に秋めいて、 カムイチェプ(神の魚)やチュクチェプ(秋の魚)と呼ばれる鮭の季節になる。
民具として、鮭を突くマレク(鈎銛)も紹介される。
生肉を細かく叩き刻む料理・チタタプは、本来、鮭で作るもので、
エラと氷頭に白子と焼き昆布を加え、塩で味を調えたものであるらしい。

そして、ついに杉元らは、アシリパの父親がいるとされる網走監獄に侵入する。
さらに、鶴見率いる第七師団まで登場した。
いよいよ、最終決戦なのか。(そうではない、との情報は聞いているけれど。)



   網走監獄をめぐる四者四様のバト ルロワイヤル

                           ――――野田サトル「ゴールデンカムイ」14巻を読む(2018.6.30)


アシリパさんを「のっぺらぼう」に会わせようと網走監獄に侵入した杉元たち、
そうはさせじと偽「のっぺらぼう」を用意していた網走監獄の犬童典獄。
そうした動きを予感していたかのように一歩先を進む土方歳三の一味
さらにその予測を上回るのが、駆逐艦まで動かした第七師団の鶴見中尉だ。

網走監獄のあちこちで、いろんな者が入り乱れて戦っており、土方対犬童の名勝負のようなものもあったものの、
つまるところ、第七師団による監獄制圧のための大量殺戮が延々と描かれることとなった。

で、不死身の杉元はやっぱり不死身で、 アシリパさんはますますみんなのアイドルになってしまうようだ。
なんやかんやで物語が樺太に展開していくことには驚かされたが、日露戦争後は南樺太まで日本領だし、
アイヌにとっては、日本もロシアも後からやって来て勝手に自国領と主張している者たちであることに変わりはない。

ということで、この巻には、グルメ要素が全くなかった。
それほどまでに、ひたすらドンパチな一巻だった。



   やたら男の裸が登場する中、垣間 見せた「農民と労働者の団結」

                            ――――野田サトル「ゴールデンカムイ」15巻を読む(2018.10.7)


父と杉元が死んだと聞かされたアシリパは、キロランケ、尾形、白石と南樺太に渡る。
キロランケは、アシリパに父の郷里を見せたいらしい。
それを追って、杉元、谷垣、チカパシも、第七師団の鯉登と月島とともに南樺太に入る。

この巻では、珍しく人が死なない。その分、やたらと男の裸が登場する。
前半の上半身を脱いで延々と殴り合う格闘技「スチェンカ」だけでも満腹したのに、
後半には、あわてて逃げ込んだ先がロシア式の蒸し風呂「バーニャ」で、男たちは否応なしに裸になってしまう。

まあ、森薫も「乙嫁語り」で嬉々として若い女性の裸を描いているフシがあるし、
脚本に必然性があるから、というのは映画で裸を披露した女優の常套句でもある。
しかし、いかにロシアの文化を取材した結果であり、それなりに「必然性」もあることは認めるものの、やり過ぎ感も否めない。

そんな殴り合いの連続の中、制御不能モードになった杉元が、右手に鎌、左手に鎚を持って身体の前で交差させた瞬間、
ソビエト連邦の国旗(農民と労働者の団結)を再現、いや歴史的には先取りしたことに、
そこはかとない懐かしさを感じたのだったが、若い読者は気づかないのだろう。

裏切者のキロランケだが、樺太アイヌの村が消えたことに対して、
「日本とロシア、2つの国の間ですり潰され」というのは正しい。
国民国家の成立に伴う民族と国境線の問題は、現在に至るまで続いている。

というわけで、今回は犬ぞりなどより自然環境が厳しい樺太アイヌの文化が描かれる。
グルメは、トドの脂身を使った混ぜご飯くらい。
むしろ、一巻まるごと汗臭かった。


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