2002.03.15up

執着

上郷  伊織

 

 真夜中、ふと目を覚ます。
 隣には気持ちよく睡魔に身をゆだね横たわる男。
 それに対する満足感は俺にはない。
 そもそも性行動そのものに何か普遍の繋がりがあるのだろうか?
 いつもそうだった。
 誰を抱こうとも、誰に抱かれようとも、肌を合わせる事で得られるのは、その瞬間、自分は一人ではないという安堵感のみ。
 そこに特別な絆や、確かな繋がり、愛情、その他もろもろの感情を得られて幸せな気分になると友人達は口々に言う。
 俺にはそれが無い。
 この心の空白をそんな簡単な事で埋められるのなら、そう思ったからこそ、夜遊びに出かけては俺を欲しがる奴等、それは男女のこだわりもなく、この身を任せてきた。
 でも、奴等が言うような感情は俺には生まれてこなかった。
 何かが欠けているのかもしれない。
 それはどこから起因してくるものなのか。
 少なくとも、自分の肌に触れさせる相手の事は多かれ少なかれ好きなことには代わりが無い。
 ただ、それはもしかすると、友人が言うような恋愛という定義からはかなり外れたところにあるのかもしれなかった。
 俺は誰か一人の人間に固執した事が殆ど無い。
 そのせいかもしれない。
 それとも、男に惚れては捨てられてそれでも次の男を捜しつづける母親を見て育ったのが原因なのか。
 惚れるという行為は馬鹿らしい。
 何もかもを捨て相手に必死に向かって行くのに、ある時、あっさりと相手は去っていく。
 去っていくものと残されるもの。
 去るものは、映画だろうが、物語だろうが、現実でさえも格好良く俺の目には映った。
 逆に残されたモノは惨めで見苦しく、醜く感じた。
 幼心に思ったものだ。
 もし、誰かを好きになっても、絶対に俺は去っていく立場になろう。
 そもそも、好きにならなければ、そんな醜態を誰の目にも晒さず生きていけるだろうと。
 だが、今になって、俺はたまらなく孤独だった。
 周囲の人間をある一定のラインから近づけなかったつけが今更ながらに回ってきた。
 一人は嫌だった。
 それなのに、俺は誰かを特別に思う事が出来ない。
 どんなに求められても、来るのは見苦しい愁嘆場ばかりで、安息は訪れてこない。
 それは自業自得だと分かっているのに一人でいたくない夜がある。
「・・・・・・・よお」
 そんな時、たどり着くのは決まってこの男の腕だった。
 いつものように、眉一つ動かさないでドアを開け、当然のように俺を招き入れる。
 そんな男の胸だった。
 男は他の奴等のように過剰な執着を俺に示さない。
 空気のように俺の側にいてくれる。
 俺が求めなければ、俺の体をどうこうしようともしない。
 今日も俺の肌には無数の赤い痕が残っている。
 それを目にしても、少し顔を顰めるだけで、それ以上わけを問いただす事もない。
 俺がベッドに横たわると、当然のように添い寝してくれる。
 ふと、俺は聞いてみたくなった。
「・・・・あんたはさ、俺を好きなの?」
 男は黙ったまま笑みを口の端にのせた。
「嫌いなら家に上げるわけないか・・・・」
 一人納得したように俺が目を瞑ると、小さな男の呟きが聞こえた。

「好きだよ、時々、殺したくなるくらい」

おしまい

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コメント

脳みそに湧いた短編。
裏伊織第一号? 暗いの嫌い?