「あなたがいるから」   〜DRESS番外〜



はじめて一馬と喧嘩した。



「らしくない」

コテージ風ホテルの2階から引きずるようにして下ろされ、言われた言葉がそれ。
瞬間、言われた意味がわからなかった。

「はぁ?」

オレのあげた声がよほど間抜けだったんだろう。
一馬は呆れたんだかがっかりしたんだか、ともかく1つ大きなため息をつくと、ややあって重い口を開いた。

「…さっきのあれ、やり過ぎだ。彪音らしくない」
「オレらしくない?」

……あぁ、なんだ。
そのことね。

ちょっと考えてすぐにわかった。
一馬は先刻までの、オレと水瀬のやり取りに怒っているのだ。

オレと水瀬の関係。

それは今じゃ腐れ縁って感じだけど、その昔は恋敵。
安藤陸(あんどう りく)って男を間に挟んだ、恋のライバルだった。

SEXフレンドから進展できずにいるオレたちの前に水瀬が現れ、陸が水瀬に入れあげるのにはそれほど時間はかからなかった。
結局オレが身を引かざるを得なくって、事実そうなったんだけど。

だからオレが水瀬を苛めるのは、言ってみればその代償。
両想い税って奴だ。

…ま、ホントは、恋に破れた可哀想な男っていう現実を受け入れたくないがための、「逃避」なんだけどね。

でもまぁ水瀬クンはなかなか苛め甲斐があって、いまではすっかり趣味みたいになってる。
だから久しぶりに逢うことになった今回の旅行でも、いつもの通りネチネチ苛めてやってたんだけど、それがどうやら一馬には不満だったらしい。

「オレと水瀬はいつもああなんだって」

オレは別に対した問題じゃないって思ったから、なんにも考えず、さらりと言ってのけた。
しかし意外にも一馬が食い下がる。

「水瀬さん、困ってただろ?」

……そりゃ水瀬と初対面の一馬には、そう見えるかもしれない。
だけど一見困ってるように見えて、アイツはあれでけっこう芯が強い。
だからオレがちょっと厭味言ったくらいじゃ、ホントはそれほどへこたれちゃいないってのが真実だ。
見かけによらずタフなんだよ、アイツってば。

これがオレと水瀬のやり方、オレたちのスタンスなんだ。

だからそんな事はどうでもいいんだけど、気に食わないのは一馬が水瀬をかばったって言うことで。

「オマエに何がわかるよ。きいた風な口きくんじゃねーよ」

オレはムカついた気持ちそのままに、握られたままだった手首を邪険に振り払った。

「……ッ」

一瞬ものすごい形相で、なにか言いかけた一馬。
だけどけっきょくなにも言わず、びっくりしているオレを残し、大股でバルコニーに姿を消してしまった。

「……なんだよ、あれ」

呆然とそれを見送ったオレは、自棄になってベッドに倒れこむ。
ちょっと心に違和感感じたけど、そんなのシカトして枕に顔を突っ伏した。

……なに怒ってんだよ。
あんな事くらい、いつもはさらっと流すくせに。
らしくないのはそっちじゃん。

……なにも、あんな怒んなくても…。

「カリカリしてんじゃねぇよ!セーリなんじゃねぇの?!セーリ!」

なんだか負けを認めたみたいな思考がイヤで、わざと声に出してみる。
だけどそれが虚勢だってこともじゅうぶんわかってたから、ますます落ちこんだ。

……そう言えば、一馬が怒るのって初めて見た。
いつもはオレのほうから一方的に怒って、一馬がそれを受け流すか、オレの怒りがおさまるまでじっと我慢してるか、どっちかだったもんな。

そろそろと、視線をバルコニーに続く窓の方へ向けた。
半分仕切られたカーテンのせいで、一馬の姿は見えない。

……なにしてんだろ、オレたち。
本当なら楽しいバカンスのはずなのに。

「って言うか、今回が2人で行く初めての旅行じゃんよ〜!」

ガシガシと髪をかき乱し、オレはやっとそのことに気づいた。

「あーもう!オレが謝りゃいいんだろ!このオレが!!」

気合と共に起きあがると、覚悟を決めた。
とにかくこんな状況は、精神衛生上よろしくない。
さっきから心の違和感が、どんどん自己主張してきてる。

多少引っかかりはあるけど、ここは大人のオレが折れてやる。
そ、なんたってオレのほうが大人なんだから。

そう決意してバルコニーに出ると、手すりにもたれて闇を見つめる一馬の後ろ姿があった。
前方はなだらかな下り坂になっていて、日中は山並みなんかが望めるんだけど、今はただ闇、また闇だ。
高度もあるし、それにやっぱり北陸の夜は夏でもちょっと肌寒い。
ひんやりとした森林独特の匂いを感じながら、オレはさり気に一馬の横に立った。

「…ゴメン。さっきの言い方、オレが間違ってた」

前を向いたまま、ぶっきらぼうに言い放つ。
一馬の視線を感じたけど、そのまま振り向くことなく続けた。

「だけど水瀬との関係はマジでいつもあんな調子だから。なんなら水瀬本人に訊いてもらってもいいよ。アイツが嫌だって言うんなら、オレも改め…」

言い終わらぬうち、一馬がオレの背後にかぶさってきた。
じんわり暖かな、一馬の体温。
その熱で、心にわだかまっていた違和感が徐々に溶かされてゆく。

一馬が耳元で言った。

「…北海道行っても、夜に喧嘩するのはやめようって決めた」

不機嫌にそう断言する一馬に、思わず笑みがもれる。
オレはなにも言わず、回してきた腕に手を添えた。
2人の体温が、ゆっくりと融合してゆく。

オレの肩口に顎を乗っけ、一馬がなつく様に囁いた。

「やっぱ彪音は暖かいな」
「部屋のが暖かいって。もう入ろうぜ?」
「…それより彪音の温かいとこ、入りたい」
「……」

それに唇で答えたオレは、一馬の手を取ってなかに入った。



「だけど一馬だって悪いんだからな」

押されるようにしてベッドに腰掛けたオレは、一馬を軽くねめつけた。

「なにが?」
「なにがって…」

わかんねぇの?!
もしかしてオマエの神経細胞って、ゾウリムシ以下?

…なんて言葉が口をついて出てきそうになったけど、これじゃあさっきの展開と変わらないと考え直して、オレは珍しく本音を吐いた。

「さっきの言い争いのとき。アイツの肩もったじゃん」

そう、それが嫌だったんだ。

オマエも水瀬を選ぶのか?
オマエまで水瀬を取るのか?って、ちょっと寂しくなったんだよ。

すげー子供っぽい感情だけど、オレにはそれが我慢ならなかったんだ。

ぶすったれたオレを見下ろしていた一馬の表情が、わずかに緩んだ。
そのままゆっくりとベッドに倒されて、身体を重ねてきて。
軽く口付けたあと、一馬が可笑しそうにこう言った。

「……でもやっぱりお前のほうが悪い」
「なんで?!」
「彪音、俺がなんであんなこと言わなきゃならなかったか、わかんないだろ?」
「それは…」

そう言って、オレがほんのちょっと考えをめぐらしている隙に、一馬がもう一度唇を重ねてきた。
貪るようなそれに、だんだん思考が散漫になる。

「………ゥン…」

ねっとりと絡みつく口付けに、たまらず甘い吐息が漏れた。

「お前達が仲良さそうにしてるから」

口付けを交わしながら身につけているものを器用に脱がされている時、一馬が言った。

……え?
なんだって?

オレの手が止まったのを不審に思ったのだろう、一馬がオレの顔を覗きこむ。
固まったままのオレに、しばらくして言い難そうに一馬が告げた。

「あの人のこと、昔好きだったんだろ?そんな人と自分の恋人が、俺の目の前で仲睦まじくされちゃ、やっぱやりきれない」
「だって…」
「いいよ、もう。そんなことより早く続き、やろう」

ギュッと抱きしめられて、なんだか涙が出そうになった。

……だって、それはオマエがいるから。
オマエがいるから、オレは昔の男とだってあんな風に話ができるんだよ。



end

(01.6.30.tk)


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