宗像市

      赤間宿・原町

猿田峠を越えますと宗像市域に入ります。宗像市は玄海町との合併に続いて、大島村との合併により、さらに大きくなり、新しい市の人口は、約95,000人となっております。
街道を進みますと右手に伊弉諾尊・伊弉冉尊など4夫婦8神を祀る神社の八所宮の鳥居が見えます。。これらの神々は神武天皇東征の際に赤馬に乗って現れ、道案内をしたと伝えられ、これが赤間の地名の由来になっています。
八所宮までは相当距離がありますので、参詣しませんでしたがこの神社には小野道風の書などがあります。

そのまま西へ進みましすと赤間宿になります。宿の手前右に須賀神社があります。須賀神社は永禄9年に赤馬(間)の鬼門除けとして、石丸の七社神社の境内から移された素戔嗚尊、事代主命、菅原道真を祭神とする神社です。

境内入り口左には節婦お政の碑が立てられています。お政は父の遺言による貧乏の許嫁と育ての親の姉夫婦の勧める大庄屋との縁談の板挟みになり、婚礼の夜「わが身ひとつかくご極め参せ候」との遺書を残して自害しました。
赤間の入り口に法然寺があります。
法然寺の南には三条実美ら五人の公卿が赤間に赤間の宿に逗留したことを記念して立てられた五卿西遷之碑が立っています。
いよいよ赤間宿跡に入って行きます。
街道の左にはこのような家並みが

街道の右にはこのような家が、この家は出光佐三氏の生家です。

街道の右にある居酒屋さんも趣向を凝らしています。
街道の左にある古材を取り扱っているお店も「古材市場」なかなかしゃれています。
街道右には創業1790年という古くからの「勝屋酒造」さんがあります。
宿の南の方、構口近く街道の左には丸儀と壁に書かれた家があります。
街道の右側には旅人ののどを潤したであろう辻井戸が残っています。
辻井戸の少し南の街道右にあるまつおクリーニングやさんはお政さんの生家だそうです。
赤間宿の南の構口方面
構口は探しましたがバス停があるだけでどこか判りませんでした。
構口を過ぎると釣川になりますが、堤防の西北辻田橋のたもとに地蔵堂があります。

辻田橋の北詰東側には定石と道標が二本立っています。道標には「此方畦町道」「此方鞍手郡山口」と彫られています。

辻田橋を渡りますと右の公園に赤間宿の大きな石の碑があります。
その先、街道の左に小高い山があり、お政墓道の道標に従って登るとそこにお政さんのお墓があります。
さらに進んでゆきますと原町へ入ります。
原町(はるまち)に入りますとすぐ左に原神社があります。この神社の本殿前はゲートボール場になっていました。
原町の街道は静かなたたずまいにもかかわらず行き交う車が多いのには意外でした。
街道の右側には恵比須神社があります。
また左側には楽市楽座という古美術商があります。
その向かい側には酒蔵があります。
その先同じく街道の右には幸福稲荷大明神があります。ご近所の方のお話ではここは経石さんと云われ、お経を書いた石が埋めてあるそうです。
その先少し坂を登ると右の奥まったところにに釈迦堂が建っています。
釈迦堂の前には15体のお地蔵様が祀られています。
釈迦堂を過ぎますとまもなく大穂町に入ります。
町並みに入りますと左に浄土真宗本願寺派の正覚寺があります。
その先、道の右には蛭子神社があります。
町並みのはずれに左に馬頭観音・宗生寺への標識があり、そのすぐ先が追分けになっています。
追分けを過ぎそのまま進みますと車の多い道路に出ます。坂を越えると福津市域に入ります。