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北九州市小倉 |
| 常盤橋を渡るといよいよ長崎街道の起点といわれる場所になります。ここから長崎までを長崎街道と称しておりますが、ここから木屋瀬(こやのせ)までを歩いて、長崎街道からはずれることになります。 |
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常盤橋の東詰には文政五壬午年九月吉日と彫った古い石杭と史跡常磐大橋之跡の新しい碑が立っています。 |
| また、河岸には船着き場跡があります。 | ![]() |
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橋を渡ると右側に茶店「ときわばし」というお菓子屋さんがあります。このお見せの白象饅頭は享保14年に吉宗に献上する象が長崎からこの道を通ったので、この名が付けられたそうです。またこの象はなんと天皇に拝謁するのに官位が必要とのことで「広南従四位白象」という立派な名前が付けられたそうです。 |
| 常盤橋から西へ進みますと大門跡がありますが現在は工事中で近寄ることも出来ませんでした。江戸時代はこの北はすぐ海で海岸に沢山の海藻が打ち上げられ、大藻とよばれそれがなまって大門と呼ばれる様になったとのこと、門があったわけではなさそう。 | ![]() |
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その先街道の右側に日蓮宗の妙乗寺があります。 |
| 西行きの道が突き当たるところに曹洞宗安国寺があります。この寺は足利尊氏・直義兄弟の発願で全国に建てられた寺の一つで豊前安国寺といわれています。慶長五年に細川忠興により三本松からこの地に移されたそうです。 | ![]() |
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安国寺の右手前には儒者篠原笠山の碑があります。 |
| 安国寺前から道は南へ進みます。道の左に心光寺があります。 | 1 ![]() |
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田町で広い道路をわたりその道に沿って少し右へ折れ萬徳寺の裏側の道を再び左に折れて南に進みます。 |
| その道を進みますと左の公園前に到達口門跡があります。 | ![]() |
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その先福岡地方裁判所を通り抜けますと清水口門跡があります。 |
| 清水口を通り過ぎますと左角に浄土真宗善龍寺があります。 | ![]() |
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日豊本線の踏切を渡り、清水小学校を過ぎると清水三丁目に出ます。この辺りから道路工事で道はなくなっています。再び道が現れるのは浄土真宗法輪寺の前あたりからです。 |
| 法輪寺の先、左には大満寺の裏参道の階段があります。 | ![]() |
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街道沿い左に水かけ地蔵があります。 |
| その先左に廃線になった旧九州鉄道の茶屋町橋梁が残されています。 | ![]() |
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そしてそのすぐ傍には槻田川に架かる茶屋川橋があります。 |
| しばらく行きますと街道は右斜めに続く道へと歩くことになります。ここはちょっと判りにくい道です。 | ![]() |
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斜めに入りますと右側に街道から少し離れて真宗本願寺派極楽寺があります。 |
しばらく行きますと街道は坂を下り六条橋交差点あたりで3号線を越えることになりますが、そのあたりは開発が進み道は無くなってしまっています。 六条橋か五条橋で川を渡りますと公園の中に荒生田(あろうだ)の一里塚跡の碑が立っています。 |
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少し判りにくいですが、住宅地の中に背の高い備前国境石が立っています。 |
| そこをさらに進みますと右斜めに上がる坂があり、それが長崎街道です。しかしこの道も長くは続かず公園のところで終わってしまいます。 | ![]() |
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再び坂を下り3号線に出て、国道沿いに歩くことになります。道路の左に九州鉄道の大蔵駅跡があります。 |
| 上本町信号の少し手前左へ入る道の突き当たりに法益山桂昌寺があります。 | ![]() |
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西本町を経て八幡図書館に行きますと図書館の前に筑前国と豊前国の国境石が移設され立てられています。 | ![]() |
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図書館をあとにして八幡病院の横の道をさらに進むことになります。しばらく行きますと右手に変わった建物が見えそこが真照寺です。 |
真照寺を過ぎて進みますと、今度は左に公園があり、そこには前田の一里塚跡の標識があります。 ここを過ぎますといよいよ黒崎宿の東構口に至ります。 |
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