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古賀市・新宮町青柳宿 |
| 旦原の井戸辺りからが古賀市との境界で、ここから古賀市域に入ります。古賀市は人口は約55000人で、九州北部に位置して、福岡市の東部にあり、東に山々、西に玄界灘を望む白砂や青松の美しい海岸線を有する市です。 |
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飯森山から、しばらく進みますと古賀市との境になり、道の右に旦原の井戸があります。 |
鷺白橋を渡り、県馬術競技場を過ぎ、県道35号線を左折、九州自動車道をくぐり,古賀インター入口交差点を過ぎた青柳駐在所の先を右折して県道504号線に入り、その道の左に沢山の庚神(庚申)が集められた所があり、その横にお堂が3つ建っています。 |
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この辺りが青柳四角で。一番奥の観音堂は川原観音と呼ばれています。後の二つには地蔵尊が祀られています。 |
| 青柳四角を過ぎると青柳宿です。 | ![]() |
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青柳宿に入ると右に託乗寺があります。 |
| お茶屋本陣は、現在の青柳醤油の隣にあったそうです。道はここから左へ鈎型に右へ曲がっています。 | ![]() |
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その先に太宰府神社道の大きな道標が立っています。 |
| その先には青柳宿の構口跡があり、西の構口の一部が残されています。 | ![]() |
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構口跡の向い側には青柳村役場跡の標識があります。 |
| 構口を過ぎますと工事中の道となり、右の方には大きな工業団地が見えます。 | ![]() |
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そのままさらに進みますと左に五所八幡宮の鳥居があり、参道があります。 |
| 五所八幡宮拝殿は小高い山の上にあり石段を上ることになります。 | ![]() |
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五所八幡宮には樹齢1000年というような立派なクスノキが沢山あります。 |
| 街道の左側、五所八幡宮参道の向かいには御旅所と思われる社があります。 | ![]() |
| 左にあった民家が切れた辺りから、新宮町三代地区になります。新宮町は人口約23000人の町です。 |
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しばらく自動車道を車に注意しながら歩くことになります。新宮町域に入って道が大きくカーブした左側に太閤水があります。天正15年秀吉が立花宗茂を助けて、島津を降したときに、往路良い水がなかったので堺の茶人津田宗及が崖下におり、掘り当て、帰路に太閤もこの水を飲んだとのこと |
| そのすぐ先、左のツツジの中にひっそりと庚申塚が・・・ | ![]() |
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太閤水を過ぎしばらく進みますと千田地区になり、道の左に夜泣き観音があります。観音堂の前には説明番が立てられています。なんでも謀反を起こした立花軍勢が大友軍に追われ、奥方が幼児を抱いて千田まで逃げてきたところで大友勢の追っ手が迫り、幼児は火がついたように泣くので、もはやこれまでと覚悟をきめ、傍らの小川の橋の下に隠れて、日頃信心している観音様を一心に念じると、不思議に泣き止み追っ手は橋の上を走り去り、舟で小倉へのがれて、毛利勢に助けられたということです。それ以来、赤ん坊が夜泣きをするときは、この橋の下でロウソクを立ててお祈りすると夜泣きがなくなるそうです。 |