福岡市

              博多区

 

石堂地蔵を過ぎて御笠川に架かる石堂橋を渡ると博多区に入ります。

 

石堂橋を渡りますとすぐ左に浄土宗一行寺があります。
一行寺の前をそのまま進んで行き、三筋目で唐津街道と分かれて左へ曲がり目的地の太宰府へ向かいます。その道にはところどころ町の旧名がこのような石碑に作られています。
石碑には旧町名だけでなくいろいろな解説が書かれており旅人にとっても興味の引かれるものです。
道の左には我国禅宗の始祖栄西禅師が宗国より帰国後建文6年(1195年)に創建したといわれる我国最古の禅寺である大きな聖福寺があります。
この聖福寺の山門の額には「扶桑最初禅窟」と書いてあり、この額は後鳥羽天皇から贈られたものだそうです。
その先、道の左には臨済宗圓覚禅寺があります。
その先左には妙楽圓満禅寺があり、長く続く土壁が印象的でした。この寺は正和5年(1316)に創建され博多の北浜にあったが、兵火に焼かれ焼失したので、慶長5年(1600)この地に移されました。この寺には博多の豪商の墓があります。
その先には臨済宗乳峰禅寺があります。
右には東長寺があります。通っている道は丁度この寺の裏側になりますので、表に回ることにいたしました。この寺は大同元年(806)唐から帰国した空海が博多の海辺に建立した密教寺院といわれ、その後この地に移ったと云われています。
この寺には昔のものではありませんが大仏があります。
また境内には六角堂があり、この屋根は正面が広くお参りしやすくできています。屋根は本瓦行基葺で、九州では国東とここにしか見られないものであるとされています。

境内の左には福岡藩主黒田家の墓所があります。ここには二代、三代、八代の藩主のお墓があり、藩祖如水、初代長政などは先にご紹介した崇福寺にあります。

ついでに少し寄り道をして博多の総鎮守で創建は平安時代と
伝えられる櫛田神社にお参りすることにします。当日は境内にある稲荷神社でおぜんざいを振る舞って下さっており、ちゃっかりご馳走になってきました。
境内には常設展示の豪華な飾り山笠があります。
再び、乳峰禅師まで戻り、先へ進みますと承天禅寺勅使門が有ります。ここは博多山笠発祥の地としても有名です。
1
境内に入りますと大きな仏殿があります。
此処にも蒙古軍の軍船の碇石が残されています。
境内を抜けると道がありそこを渡ると中門と通用門があります。
通用門を入ると境内の左には唐門があります。この庭は静かな落ち着いた庭です。
その裏手には聖一国師を助け承天寺を建てた、宋から帰化した謝国明の墓があります。
JR博多駅では山陽新幹線開業30周年の記念行事が行われていました。徒歩で歩いてきた者にとっては新幹線の便利さを改めて認識した日となりました
博多からさらに南へ太宰府を目指して進みます。