山口県厚狭郡

      楠町

楠町は昭和30年4月に船木町、万倉村、吉部村が合併して誕生した町で、総面積77.02ku、人口約7,700人の町で、毛利藩の時代には山陽道の宿場町や船木宰判の所在地として、また、明治から大正にかけては、現在の宇部市、小野田市を含めた旧厚狭郡の政治、経済、文化の中心地として栄えた歴史ある町です。
楠町域に入り、まもなく国道から離れて左へ入ります。宇部興産道路を潜り抜けますと左に舟木一里塚跡があります。いよいよ赤間関まで9里となりました。
一里塚跡と推定される所に地蔵尊と大師堂が祀られています。
一里塚跡の少し先右に宝亀元年(770)の創建とされる岡崎八幡宮があります。
八幡宮境内には大きな樹齢700年と推定される楠の古木があり歴史をうかがわせます。またこの神社は宮司さんのお話では伊勢神宮・出雲大社・莫越山神社とならんで御神酒清酒製造免許を認可されている日本で4社しかない珍しい神社で宮司さんのみ醸造に携わることができ、醸造法はすべて口伝による伝承だそうです。
八幡宮の先左には浄土真宗本願寺派の松台山願正寺があります。
さらに街道を進み、右に奥まったところにある楠町公民館の入り口には舟木御茶屋跡があります。本館前は舟木宰判所跡・厚狭郡役所・徳基学者跡とされています。
さらに進みますと左に浄土真宗本願寺派思惟山正圓寺があります。

その先には旅人荷付場跡があります。船木は本宿でここには駅馬15頭と人足十数人が用意され、公儀役人、大名行列、旅人などを世話をしていたそうです。

船木宿には今も古い町並みが所々に残っています。
大木森住吉宮があります。訪れた日は台風の翌日で神社には立ち入りできませんでした。神功皇后が軍船を作るためにここの楠を切られたということで、この町は楠町と云われているそうです。
その先には大きなお地蔵さんが祀られています。
銭が原地区に入り国道の左には大師堂が見られます。
田圃の中、国道から数メートルのところに昔の街道跡が残っています。
国道の左側に大きな老人ホームが見られ、国道を挟んで右側に街道は斜めに続いていますが、上り口に昔の千林尼の石畳が10米ほど残されています。
その先、右に逢坂観音堂(乳観音)がありその中の木造十一面観音菩薩立像が文化財として指定されています。
観音堂の横から、旧西国街道(山陽道)が100米ほどにわたって、そのままの形で残っています。
この古い道は黒岩権現前まで続いてそこで終わっております。
再び国道に沿って進みますと西見峠となり、ここで楠町は終わり、山陽町に入ります。