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山口市嘉川 |
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小郡町域から再び山口市域に入ります。これは山口市側から見た境界標識です。 |
| しばらく進みますと、街道は左に入りますが、そこを少し行き過ぎますと右に真言宗の浄福寺というお寺があります。この寺の境内には5世紀頃の造築と思われる円墳があります。 | ![]() |
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古墳の上には熊野神社があり、この神社は室町時代に紀州の熊野大社を勧請して建てられた物でこの付近の地形は海岸地形であり、古墳は当時の海上交通を支配していた権力者を埋葬した物と云われております。 |
| 再び街道に戻り、街道を進みますと街道の左手の少し離れたところに大歳神社があります。 | ![]() |
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大歳神社を過ぎますと免地に入ります。 |
| 免地の街道左に大きな地蔵尊が祀られてあります。 | ![]() |
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その先で少し左へ入り宇部線の陸橋を渡った辺りに旧街道が残っております。 |
| 再びもとの街道を進みますと嘉川21番の札所に当たる大師堂があります。 | ![]() |
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さらにその先JRの線路を渡る手前に嘉川34番の札所があります。 |
| 嘉川の町に入りますと右に恵比須社があります。ちょっと奥まっていますので気をつけないと見逃しそうです。 | ![]() |
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その先では民家の塀の角に嘉川霊場65番が見られます。 |
| さらにその先左には嘉川霊場64番があります。 | ![]() |
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また霊場64番の横には正徳三年(1713)の大きな石仏の立像が祀られています。その横には小さな2体の石仏の座像が並んでいます。 ここをすぎますとまもなくJR嘉川駅から伸びる道と交差します。 |
JR嘉川駅は交差した道左へ曲がって突き当たりにあります。 |
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駅前からの道を通り過ぎてさらに街道を進みます。この辺りが嘉川の西になります。朝の通学道でもあり、すれ違う学生さんたちが「おはようございます」と元気な声をかけてくれるので気持ちがいい! |
| 嘉川の街を抜けますと幸之江川になり、幸之江橋を渡った左の家の角に「あしす、とこなみ、中の村」と刻まれた道しるべが立っていますが、風化して今は文字がほとんど読めなくなっています。 | ![]() |
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道しるべを過ぎるとまもなく幸の橋交差点に差し掛かります。交差点を横切りさらに進みますと右に熊野神社があります。 |
| 熊野古道神社を過ぎさらに進みますと右に大きな石灯籠と大きな石があります。 | ![]() |
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その先で民家も徐々に少なくなります。 |
| 道沿いには庚神などが祀られており、旧街道の趣を残しております。その先で山口宇部有料自動車道路のジャンクションに差し掛かります。この辺りは狭い路側帯があるだけで歩行者にとっては非常に恐怖を覚える道になっています。 | 。 ![]() |
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ジャンクションを過ぎますと国道2号線沿いに歩くことになりますが、ここからは歩道もきちんと整備されており安心して歩けます。しばらく行きますと割木松の一里塚があった辺りになりますが、今ではその位置がどこかは特定することはできません。 |
| その先の右においはぎ峠という面白い名の食堂があります。昔はこの辺りに追剥が出たのでしょうか? | ![]() |
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おいはぎ峠のすぐ西に「東周防国吉敷郡、西長門国厚狭郡」と彫られた郡境碑が立っています。ここを過ぎますと宇部市に入ります。 |