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(三谷・矢掛)
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| 矢掛町は、岡山県の西南部に位置し、奈良時代に活躍した吉備真備公ゆかりの地で、旧西国街道(山陽道)の18番目の宿場町として栄え、今も本陣・脇本陣が現存する歴史のある町です。 町の人口は約17000人となっております。 |
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一里塚のある辺りから矢掛町に入ります。写真は矢掛町側から、真備町側をみたところで、一里塚の碑が小さく立っています。 |
| 矢掛町に入りしばらく歩くと右側に吉備真備の遺徳を顕彰するために建てられた大きな筆塚があります。 | ![]() |
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筆塚を右に入りますと吉備大臣宮があります。この辺りは吉備真備公園になっています。 |
| 吉備大臣宮の手前右側に吉備公館址の碑が立っています。真備町にある公館跡との関係が良くわかりません。 | ![]() |
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また、吉備真備公園の西南隅には吉備公産湯の井戸があります。これも真備町の吉備真備公産湯の井戸との関係が良くわかりません。 |
| 吉備真備公園をあとに再び街道を西へ進みます。この辺りは歩道も整備され安心して街道歩きを楽しめます。しばらくすると右に大きな常夜灯が建っています。この常夜灯には天保十年と刻まれています。 | ![]() |
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常夜灯の道を隔てた向かい側には福頼宮江と刻まれた道標があります。福頼神社は街道からだいぶ離れたところにあります。 |
| 福頼橋から486号線と離れてゆるい坂道をのぼります。途中右側に金勢大明神の道標があります。 | ![]() |
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その先、右の小高いところに吉備公累代墓の石碑と天保4年の常夜灯が建っています。 |
| そこから道は下り坂となり、坂を下ると井原鉄道の三谷駅が見えます。 |
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三谷を過ぎ田園の中街道を進みますと小田川の堤防に突き当たりますが、道の左に「左大坂道」「右玉しま道」の安政五年の道標が立っています。 |
| 道標から道路を隔てた小田川の堤防を少し河原に降りたところに常夜灯と供養碑が建っています。 |
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再び街道に戻り、山の南麓に沿って進みますと右側山すそに清水地蔵堂が建っています。 |
| その先、左に矢掛神社の常夜灯が建っておりそこを右へ入ると矢掛神社があります。 |
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矢掛神社を後にしてさらに西へ矢掛の町を目指して進みますと大きな郷社の記念碑が立っています。 |
| 町並みに入ってしばらく行くと写真スタジオがあり街道南西角に矢掛一里塚址の比較的新しい碑が立っています |
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そこから数十メートル先左に常夜灯と小さな由加神社があります。 |
| 底からまもなく右側に重要文化財の矢掛脇本陣(高草家)が見られます。ここは公開日が限定されていますのでご注意ください。 |
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脇本陣から300m程西へ進みますと今度は左に国指定重要文化財の矢掛本陣(石井家)があります。ここは月曜日が休館になっています。 お問い合わせは(0866)82-2700へ |
| 美術館通りから見た本陣は街道から見た姿とまた違った趣があります。 | ![]() |
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石井家は造り酒屋でもあり、本陣を利用する大名などは御成門から出入りするようになっています。 |
| 屋敷内には多くの部屋がありますが、これは大名や公卿が休泊した上段の間です。 |
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本陣の前には胡神社があり、賽銭箱の前には寛政十一年の常夜灯の一部が置かれています。 本陣を過ぎてさらに西へ進むことにいたします。 |