日本最古の国道

竹内街道

飛鳥と難波を結んだ「竹内街道」を紹介いたします。この街道は日本最古の国道であり、古代、大和(奈良)と難波(大阪)を結ぶ重要な道路である。推古天皇により整備されたと云われています。
近鉄磐城駅から南に200mばかり行くと長尾神社があり、伝説で、昔大和に大きな蛇が住んでおり、三輪山を三重にとりまき、その尾が長尾 までとどいた。三輪明神が頭で、長尾神社がその尾にあたるのだといわれています。
長尾神社を後にして石畳に道を西へ進みますと左に「右いせ、はせ」「左よしの、つぼ坂、こうや」の道標と自然石の「左いせ、はせ」の道標が並んで立っています。
その先しばらく旧い民家が残された道を進みますと左に綿引塚の案内看板があり、そこを左にはいると右に芭蕉の旧跡綿引塚があります。ここは芭蕉が訪れたということで中には弟子の千里の句や、近所の人が作成した昔の地図が飾られています。
この辺りには昔は茅葺きの民家がたくさんあったようですが、今は三軒の残っているだけで、この茅も青森から取り寄せなくてはならず、家一軒建つくらいの費用がかかるそうです。
その先で偶然山車を修理されているところに出くわした。この山車は一時余所へ売りに出されていたものを最近町が買い戻したとのことで、一枚板に大変立派な彫刻が施されていました。
登り道になっている街道を行くとR166に合流する。竹内峠までこの状態が続き横を自動車が飛ばして行くので危なくって仕方がない。日本はどうして人より車を優先するのでしょう?
というわけで竹内峠を避けて、平石峠を経由することにする。この道は全く人と出会わない静かな道である。
ちょうど平石峠は近畿自然歩道との交点になっていて、ここを左にはいると葛城山、右にはいると竹内峠へと続いています。

平石峠を越えて坂を下ると右に高貴寺の道標があり、それに従って右の坂道を上って行くと高貴寺の山門に至り、寺の境内には樹齢110年と推定される臥龍桜が植えられています。

高貴寺から数分行ったところには磐船神社があります。
磐船神社から道を下り、ゴルフ場の方へ進んで行きますと立派な農道があり、その先左に推古天皇御陵があります。
御陵の近くには蘇我一族の墓ではないかといわれる石室が二つある、二子塚古墳があります。
農道の反対側を少し入ると小野妹子の墓があります。
その横には科長(しなが)神社があります。

再び農道に戻り、餅屋橋を渡ると再び竹内街道に合流します。この辺りも旧い民家の建ち並ぶところで旧街道の風情を残しています。

当日は残念ながら竹内街道歴史資料館は休館で観ることができませんでした。

この辺りにも茅葺きの家が残っており、しかもこの家は入り口が障子貼りで昔の趣が完全に残るすばらしい光景でした。

この先、近鉄上ノ太子駅まで歩き(歩行距離約12km)、街道散策を終えました。