(太子町)
揖保郡太子町は兵庫県の南西部の人口3、3000人弱の町で聖徳太子ゆかりの地であります。 この町には多くの文化遺産を残しており、いろいろな史跡が当時を語りそのおもかげを感じる風景が残っております。
姫路市青山から太子町に入ると右の山上に順海寺があり、その案内碑が街道沿いに見られます。
そのまま進むと街道は山田峠に差し掛かります。ここからはまた下り坂になり山田の集落へ入ります。
集落内には明治天皇山田町小休所があります。
姫路バイパスの高架下をくぐりすぎて行くと国道2号線に合流しますが、合流点右側に題目石があります。

国道2号線とほとんど重複し進んで行き、北山から黒岡に入り街道は2号線と分かれ右へ曲がっています。曲がったところの左に題目石があります。

黒岡の民家をすぎて行くと左の竹やぶの奥に桜井乃水石碑があります。
桜井乃水を過ぎて今度は右側の墓地の入り口に額田部連伊勢塚が見れます。
再び民家のあるところを通って行きますと右側黒岡神社の鳥居が建おり、ここから右に神社の参道が続いております。
天平宝字8年(764)に突如攻め込んできた新羅の軍に鉄の的をも射通すという藤原貞国に「的(いくわ)の性を与え,征夷大将軍に任じ新羅の大軍を迎え討せました。貞国は見事敵将の首を取り,この偉功により播磨西五郎を賜り,的性を名乗って太田郷に在し長くこの地に栄えたとあります。後に貞国は黒岡明神として祀られております。
また,黒岡神社には菅原道真も祀られており,道真が筑紫に向かう途中,広畑の高浜へ滞留,当社へ参詣したゆかりによるものです。 境内には道真ゆかりの天神寝牛という石があります。
境内には古墳時代後期の円墳があります。横穴式石室があり、玄室の内部には組み合わせ式の石棺が置かれているとのことです。
古墳には家形石棺のふたに「藤原貞国塚」と刻まれた石碑が建っています。
再び街道に戻りさらに西へ進みますと右側に行基の作による大田の地蔵尊を見ることが出来ます。
その先、右側の小高い山の上には黒岡稲荷神社があります。
東保にある中央公民館の近くでは遺跡の発掘が行われていましたが、人一人見当たらずなにの遺跡か判らないままに通り過ぎました。
その先太子山公園近くの交差点の左に斑鳩村の道路元標を見ることが出来ます。
その先左路地の奥、山の麓に太子山地蔵尊があります。
また、地蔵尊の反対側には斑鳩寺の常夜灯2本が建っています。
街道を離れて常夜灯のある道をまっすぐ北へ進み国道二号線にかかる歩道橋を渡りさらに北へと進みますとその先に斑鳩寺があります。
道を突き当たりますと聖徳太子ゆかりの斑鳩神社の山門となります。平安時代に、鵤(いかるが)の地は法隆寺の荘園「法隆寺領播磨国鵤荘(いかるがのしょう)」へと発展し、その中心に荘園経営の中核的存在として、政所とともに斑鳩寺が建立されました。
山門には立派な仁王像が祀られております。
斑鳩寺をあとにして再び街道に戻り西へ進みますと田圃の中右側に阿宗神社の町石が建っています。従是北八丁廣山村鎮座と彫られてあります。
右側に道を少し入ったところには建束神社があります。

さらに街道を西へ進みますと街道の右側に茶屋垣内地蔵堂があります。

ここを過ぎますと竜野市との境、林田川に行く手を遮られます。右に折れて一旦国道2号線に出て誉鳩橋を渡り竜野市に入ります。