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周南市旧徳山市 |
周南市は山口県の東南部に位置し徳山市、新南陽市、熊毛町、鹿野町の合併により平成15年4月21日から周南市として発足し、人口は156,000人と山口県下で3番目の人口を有している都市です。 |
| 末武川にかかる和田橋を渡り,西に進みますと周南市との境、坂本川に突き当たります。ここの小さな石橋を渡った辺りの急坂が当時の見上坂(現在廃道)で、元の道に戻って、大きい道を左へ、現在の見上坂を進みますと坂を登り切ったあたりに順正寺があります。 | ![]() |
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順正寺を過ぎると道はやや左へ曲がって行きますと道の右に御旅所跡(1)のような所があります。奉献の石柱が2本ありますが、神社名は判りません。 注)(1)2011.12に横浜の岡田氏より岡野天満宮とご指摘がありました。 |
| 道は西光寺川を渡り、山縣本店の前を通りすすみますと新幹線の高架下を潜ります。 | ![]() |
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新幹線をすぎますと347号線と合流しますが、すぐに分かれます。そこからしばらく緩い坂になり坂を登り切った辺り一帯が白見ヶ森といわれ、旧久米村と遠石村の村境だとのことです。そこから再び坂は下りますが、その坂は早乙女坂といいます。これは早乙女坂を西から見た所です。 |
| 早乙女坂を下り、五月町を過ぎ、遠石町に入ると右に遠石八幡宮があります。 | ![]() |
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遠石八幡宮は、「応神天皇」「神功皇后」「三女神」が祀られ、推古天皇30年(622年)春、宇佐八幡大神のお告げによって御神霊を奉安したのを起源で,毛利徳山歴代藩主も氏神として崇敬され厄除開運・家内安全・交通安全・商売繁盛・安産・必勝などの諸願に成就ありとされています。
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| 八幡宮をすぎると「影向石(えいこういわ)」と云われる大きな岩があります。遠石八幡宮の起源に縁があり、662年の春の夜に、宇佐八幡大神が新馬にまたがり、降り立ったときの神馬の蹄跡を残す岩として祀られています。 | ![]() |
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その先に浄土真宗宝性寺があります。 |
| 宝生寺から少し歩くと出雲国いつはたやくし観音の道標が立っています。 | ![]() |
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その先右へ細い道があり坂になっています。この坂は念仏坂とよばれ頂上辺りに一里塚があったそうですが、現在は判りません。 |
坂を西へ下りますと左に小さな道標があります。「此のうえ○みちは やく?」と彫られており、出雲の一畑薬師説教所の道標かと思われます。 |
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道はその後すぐに347号を横切りしばらく進みますと道は市街道路として整備された広い道となり、旧街道の面影は全くありません。道の北側速玉郵便局少し先に孝女阿米の碑があります。身体の弱い父親に一生を捧げた娘の孝養を顕彰して建てられたものです。 |
| さらに進むと銀座通りに入り、銀座をすぎるとR徳山駅前に達します。この駅前辺りが御茶屋跡と云われています。 | ![]() |
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駅前を過ぎ引き続き進んで行きますと道は山陽新幹線の高架と交わります。ここから右折して北へ進みますと左に景勝寺があります。浦山の交差点の少し北を左折して道は続きます。 |
| 浦山の交差点から西へしばらく進みますと旧新南陽市域に入ります。その少し手前に一里塚があったらしいのですが全く判りませんでした。 | ![]() |