佐伯郡大野町東)
広島県佐伯郡大野町は東は廿日市市、北は佐伯町、西は大竹市と接し、南は大野瀬戸を隔てて日本三景の一つ宮島町と相対しています。人口は3万人弱ですが発展しつつある町です。現在廿日市市との合併の話が進んでいます。
四郎峠にある宮内・大野の村境碑を過ぎますと大野町域に入ります。四郎峠の名は大野5兄弟の4番目の男子四郎の名からとられています。
しばらく高速道路の山側を歩き再び海側にでますと川沿い右に観音堂があります。

観音堂の右側に今川貞世(了俊)の歌碑があります。 

「とにかくにしらぬ命をおもうかな わが身いそぢにおほの中山 むかしたれかげにもせんとまく椎の おほの中山 かくしげるらん」

と詠まれています。

そこから街道をそれて又北へあがって行きますと椎宮神社があります。椎の宮は中山大歳神社のことで、昔椎の木が茂っていたので椎の宮と呼ばれており、中山祇尊と大野五兄弟の四郎を祀ってあります。
そこからしばらく進みますと案内がありますが、左に坂を少し入ったところに塚の松跡という一里塚の跡があいます。この石碑も写真のように埋まっており、わずかに史跡の文字だけが頭を出しています。折角これだけ立派な石碑を作りながらこの様に放っているのでしょう?
再び街道に戻り、西へ進むことに致します。今度は右に十郎原という大野兄弟の一番下の十郎が開墾したという場所があります。大野五兄弟は長男が太郎、続いて次郎、三郎、四郎と名付けられていますが五番目はどうしたわけか十郎と名付けられています。
十郎原を過ぎて道は左へ大きくカーブしていますが、街道はそのまま細い道へと真っ直ぐに進みます。この入口が写真のようにちょっと迷いやすいのでご注意下さい。
細い道を進みますと右にお稲荷様が祀ってあります。
お稲荷様を通り過ぎますと三鎗社(みやり)があります。この神社は大頭神社四末社の一つだそうです。
また、その先には大野次郎宅跡があります。
街道はさらに続きますが、この辺りは舗装もなく非常に歩きやすく、いかにも旧街道らしい道です。
街道の右側には新宮神社があります。此処には大野五兄弟の次郎が祀られています。
その先左に高庭駅屋跡、濃唹(のう)駅跡があります。濃唹駅は高庭駅屋が廃止になった跡に立てられたと云われています。
駅屋跡に隣接して奥にお薬師さんがあり、多くの目に悩みを持つ方々がお参りされています。
この高畑地区は駅屋を主として大野町の中心的存在だったとおもわれます。現代では昔を偲ぶ静かな素晴らしい道です。
高畠ため池は二段のため池でこの地ではもっとも古いため池と云われています。