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尾 道 1/2高須町・久保町・防地町 |
| 尾道市は古く平安時代の嘉応元年(1169年)備後大田庄(後、高野山領)公認の船津倉敷地、荘園米の積み出し港となって以来、瀬戸内の代表的商港都市として発展。穏やかな自然のなか、美しい景観や街並みに恵まれる人口93,500人の都市で1998年(平成10年)4月1日には、市制施行100周年を迎え、翌年1999年(平成11年)には、本州と四国をつなぐ瀬戸内しまなみ海道(西瀬戸自動車道)が開通しました。 |
| 福山市高西町をすぎ尾道市高須町に入ります。尾道市域に入りしばらく行きますと街道は今宮東で国道2号線と合流し、その先左に高須八幡神社の常夜灯(寛政元年)が見られます。 | ![]() |
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享保2年の石の鳥居をくぐり石段を登りますと高須八幡神社の本殿があります。 |
| 街道は高須神社を過ぎると国道とは離れて右に入ります。そこから少し行きますと右の山すそに恋の水の碑と小さな地蔵があります。 | ![]() |
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恋の水碑からさらに南へ進みますと右側に掘出地蔵尊の地蔵堂が建っています。 |
| その先、尾道バイパス交差点のひとつ手前の三叉路右に曲がったところに「右ちかみち」の道標が立っています。右の道を行くと防地峠越えの道となります。 | ![]() |
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道標の右の小高いところには関の地蔵堂が建っています。 |
| 階段を上ると地蔵堂につきます。地蔵堂には多くのお地蔵さん、石仏さんが祀られています。 | ![]() |
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地蔵堂を過ぎ防地峠の方に進みますと街道左手に高須一里塚の立て札があり、目隠し板の裏側に一里塚の石碑が建っています。目隠しを付けるにしてももう少し配慮して欲しいものです。 |
| 関の地蔵堂を過ぎて西へ進みますと一里塚を過ぎ2号線を渡り阿草入り口の信号を右斜めに入りますそのまま進みますと右に地蔵堂と石の祠があります。 | ![]() |
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さらにその先、高須ランプ近く左に地蔵があります。高須ランプを左に折れ、南南西に進みますと右側にトラックステーションがあります。ここの食堂は量も多く、味もよく、価格も手ごろで昼食を取るにはお奨めの場所です。 |
| トラックステーションを過ぎますと新池があり、防土古池の間を西へ進みます。防土古池の土手には背の高い南無阿弥陀仏の称名石と石仏2基が立っています。 | ![]() |
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防土古池を過ぎ坂を登って進みますと防地峠に至ります。峠には福山藩の番所跡が残っています。この番所も今は相当痛みも激しく屋根には青い防水シートがかぶせられています。 |
| 防地峠を境に福山藩側には「従是東福山領」の国境碑が立っています。 | ![]() |
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また道路を越えた西側広島藩側には「従是西藝州領」の碑が立っています。 |
| 防地峠を過ぎますと道が曲がりくねった下り坂に入ります。その曲がり道に題目石と灯篭などが建っています。 |
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さらにその近く左側には大師堂があります。 |
| さらに道を下りますと道の曲がりは少なくなり右側に宝暦7年の題目石が建っています。その先さらに坂道を下り山陽本線のガードをくぐり尾道の商店街に入ります。周辺には多くの寺院がありますが、これらにつきましては他のサイトをごらんいただきたいと思います。 | ![]() |