山手・清音

山手村・清音村

山手村に入りましばらく270号線を進みますと吉備路自転車道のようこそ古代吉備の里山手村のポーチが迎えてくれます。
街道はそのまま進みますが街道を離れて自転車道を入りますと右に「あしもり江き」「をかやま、やかげ」の道標が立っています。
道標のある道を右に入りますと国分尼寺跡に続きます。
国分尼寺跡の西には6世紀後半に丘陵を利用して作られた前方後円墳のこうもり塚古墳があります。
古墳の西には備中国分寺があります。現在のものは江戸時代中期に再興されたもので国の指定史跡になっています。
備中国分寺山門
街道に戻り、429号沿いに西へ進みますと大きな石の上に祠が二つ乗ったものが、カーブの手前に見られます。
 また、西側の角には山陽道宿の「左おかやま」「右やかげ」の道標が立てられています。
ここから429号線と分かれてそのまま西へ進みますと右に大正4年に建てられた国分寺への大きな道標があります。
その先右には地蔵堂があります。
その先、右に文化三年の国分寺詣道の道標がみられます。
小さな川を渡って信号を左に角力取山(すもうとりやま)古墳があります。田園の中ですから街道から良く見えますが道標は少し先にあり、道標の位置からは古墳はこのようには見えません。(この写真は合成してあります)
その先、町並みに入りますが、左手に金さんの常夜灯と、白御崎宮の祠、石仏が一緒に祀られています。
その先には明治初期に建てられたままの入母屋造りの民家が残されています。
民家を過ぎますと左に吉備考古館の大きな石柱があります。
考古館の石柱のやや南へ入ったところの民家の横に地神が祭られています。
さらに街道を西へ進みますと一里松の一里塚跡と地蔵堂があります。ご近所の方のお話ではそこには大きな松が生えていたそうですが、枯れてしまって伐採したそうです。

一里塚を過ぎます右側の石塀で囲まれた石垣積みの少し高くなったところに常夜灯・地神がまた石垣の横には地蔵尊が祀られています。

少し行きますと道は山田池の土手の横に達し270号線に合流します。この土手の東には地蔵が一基建てられています。
池を過ぎ270号線に沿って左折して進みますと清音(きよね)の村域に入ります。
清音村に入ってからは道も開発が進み殆ど見るべきものがありませんが、清音小学校の向かいあたりに地蔵堂があります。
地蔵堂の左には藤原為貞の宝篋印塔が見られます。ここからまっすぐ進みますと高梁川に至ります。高梁川を河辺橋で渡り川辺宿に入ります。