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三原 1/3天満・吉浦・手崎・吉和・福地
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| 三原市は人口約82、000人の広島県南部の瀬戸内海沿岸の中央部に位置する商工業都市で古くからの海陸交通の要衝であり、豊臣五大老の一人・小早川隆景が築いた三原城の城下町です。三原駅南側が中心街で、北側は古い街並みが残っております。 |
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JRの変電所を過ぎると街道は国道2号線に出て、国道2号線の南側海よりの道になります。この辺りからは岩子島(いわしじま)が良く見えます。
山すそにはみかん畑が続き、そこからは美しい瀬戸内海が見渡せます。 |
| 旧街道は途中工場などで分断されていますが、清水化学の工場の辺り、国道2号線の北側に厳島神社があります。 | ![]() |
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その先街道が国道2号線に合流する辺りの右側山すそに観音寺があります。
観音寺は真言宗御室派のお寺で初め鈴ヶ峯にあり、後清水を経て現在地に移されたそうです。現本堂は新しく平成9年(1997)に再建されたものです。 |
| 今度は街道は2号線の北側JR山陽線との間を通ることになり、JRの線路の下を潜り抜ける道の角に「鉢が峯虚空蔵一粁五00米」「尾道エ四粁五二0米」「糸崎三粁四四0米」の道標があります。 | ![]() |
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その先道は国道二号線と合流し海岸沿いに進みます。街道からはしまなみ街道の橋が良く見えます。 |
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しばらく行きますとJR山陽本線の線路脇に六本松一里塚跡があります。この一里塚は本当はこの鉄路のあたりにあったもので今は松も残っておりません。 | ![]() |
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六本松一里塚跡を過ぎますと糸碕神社へ到達いたします。この神社の祭神は仲哀天皇・応神天皇・神功皇后で神功皇后がこの地で水を調達されたので井戸崎ともいいそれが糸崎のはじめといわれるそうです。 |
| 神門は市の重要文化財で、この門は三原城の侍屋敷門を移築したもので、門の両側の柱の下にケヤキで前後に出っぱったささえ台があり、門番がその上に立って勤めていたそうです。
また境内の大楠は樹齢600年といわれ天然記念物に指定されています。
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表境内には万葉の3614歌碑が立てられています。 「可敝流散爾伊母爾見勢武爾和多都美乃 於伎都白玉比利比弖由賀奈 」(帰るさに 妹に見せむに わたつみの 沖つ白玉 拾いて行かな) |
| また境内には御調(みつぎ)の井戸があります。 | ![]() |
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糸崎神社を後にして松浜東公民館の近くで国道二号線と分れますとJR山陽本線沿いに地蔵尊が祀られています。 |
| その先にも小さな地蔵祠が三基みられます。 | ![]() |
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そのさきには真っ赤な色に塗られた祠の中に子守地蔵が祀られています。 |
| JRを越えて国道二号線沿い北側に天満宮があります。 | ![]() |
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すぐに糸崎駅前に出ますが、駅は質素で清潔な感じの駅です。 |
| 三菱病院を過ぎますと街道は再び国道二号線と分かれてJR山陽本線と二号線の間を進みますと稲荷神社があります。 | ![]() |
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その先、印刷機械などを製造している三菱重工業三原工場の正門前を通ります。 |
| 重工を過ぎ国道二号線の下をくぐると街道の10メートルほど北に三原城の東惣門跡の碑があります。ここを過ぎるといよいよ昔の三原城下になります。 | ![]() |