(広島市内西)
JR西広島駅を通り過ぎ己斐本町に入ります
街道の右手小高い丘の上に旭山神社があります。この神社には神功皇后が祀られており、鯉を献上したことから己斐の地名の元になって、プロ野球の広島カープもこの鯉にちなんで英名のカープを使っています。
街道は八幡橋に架かっている大雨でわたれずに困っている大名のために橋を架けた源左衛門さんにちなんで名付けられたという源左ヱ門橋を渡ります。
その数十メートル先に別れ茶屋があります、その前には根元をコンクリートで固められた藤の木があります。
しばらく行くと小さな地蔵があります。
高須の町に入り、一丁目のこの辺りに高須一里塚があったとされています。

その先高須3-6-3の北東角に延命地蔵があり、その右手前に「従是じだう道」の道しるべが立っています。

街道を少し行きますと右に立派な門構えの上田宗箇流家元の屋敷があります。上田宗箇流は400年の歴史を持つ武家の茶道です。 秀吉に大名としてとりたてられ、茶の湯は千利休、古田織部に学んだ宗箇を流祖とし、現在は上田宗嗣宗匠が十六代目家元を継承しています。 大坂夏の陣後、芸州藩主となった浅野長晟と共に広島に入り、一万七千石を知行、その後 上田家は代々芸州藩家老職をつとめるとともに、宗箇の茶の湯を今日に伝えています。

古江は古江ブランドの無花果の産地で宅地造成されたなかにも無花果畠がみられます。
すでに街道松はなくなっているが、古江には街道松かと見まがうような立派な松が街道右手に見られます。
草津に入りますと街道はJR線路の南側を通るようになり、街道と線路の間に鷺森神社があります。
その先線路の北側には応永年間に中国の禅僧慈禅師が建立したといわれる海蔵寺があります。
海蔵寺の本堂裏には元禄時代に作られた石組の立派ながあります。

その先には慈光寺があり、この寺には毛利元就が寄進したといわれる梵鐘があります。

また境内には立派な樹齢約300年といわれる臥龍の松が植えられています。
その先には文政年間創業といわれる大石餅の碑と石があります。
その先正順寺があります。
この寺の境内には大変立派な松が植わっております。