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本郷町(本郷町東部)
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| 広島県豊田郡本郷町は三原市の西に隣接する人口約11、000名の町です。この町は広島空港と沼田川流域の交通の要衝としても栄えた古い歴史を残す町です。 |
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三原からきた街道が国道2号線に合流辺りから三原市と本郷町の境になります。 |
| しばらく2号線沿いに進みますと納所橋の北詰信号脇に折れてつながれた川向米山寺道の道標が立っています。米山寺は沼田庄地頭だった小早川茂平が建てた氏寺で、初代土肥実平から小早川隆景までの墓が祀られています。 | ![]() |
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道標を過ぎますと一里塚のような大きな木が石垣で囲まれたところに植えられており、そこに小さな神社があります。そこから街道は沼田川沿いの国道2号線と別かれ右へ曲っています。 |
| その先、左に工事にともない移築再現されたみたち3号古墳があります。 | ![]() |
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右側には地蔵堂が建っています。ここの地蔵は明和10年の作で大きなお地蔵さんです。 |
| その先、右に吉国神社があります。 | ![]() |
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街道は田園から本郷の街中に入り、街道の右側に西念寺が建っています。 |
| 西念寺の向かいには天保6年作の地蔵さんが建てられており、これは昔は山陽本線の北側にあったのが、道角に移され、さらに交通が多くなり危険なのでこの地に移されたそうです。近所のおばあさんがお世話をされており、古いと思えないお地蔵さんです。 | ![]() |
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その先街中を進みますと右手のポストのそばに1397年に9代城主小早川春平が中国で修行してきた愚中周及を招いて建立した臨済宗佛通寺の道標が立っています。 |
| 佛通寺道道標を過ぎ、さらに街道を進むと右側に恵比須神社があります。この神社の鳥居にかかっている額は鯛が向かい合った珍しい額です。 | ![]() |
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その先、街道から右へ入ってゆくと右側にこれも珍しい両面地蔵さんが祀られています。それにしても本郷町に入り、お地蔵さんのお体が大きいのに驚きます。 |
| 街道に戻りますと、そこには寂静寺があります。 | ![]() |
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その先、街道は33号線と合流し、沼田川に架かる本郷の東詰には安政元年の大石灯篭が建っています。 |
| また、沼田川沿いには大師堂が建っており、その前には錦山神社が祀られています。 | ![]() |
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また福寿稲荷神社もその近くにあります。 |
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沼田川の東側(画像右)には小早川家4代の茂平築城の高山城跡が、西側には毛利元就の三男小早川隆景の居城跡新高山城跡が見られます。 | ![]() |
| 本郷橋を渡りますと川沿いを少し上ったところに 「弥生本郷遺跡道」「新高山小早川城址道」 「経塚」の三本の道しるべが並んで立っています。 | ![]() |
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街道右側には石仏が祀られています。 |
| 街道は製罐工場の西端辺りから33号線と分かれ右に入ります。その先右へ曲がると菅公手掘りの井戸があります。 | ![]() |
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その少し先には荒神社があります。 |
| 再び街道に戻り南西に進みますと甑(こしき)天満宮の安政3年の灯篭が立っています。 | ![]() |
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その右に甑天満宮があります。菅原道真公が九州に下る際にこの地で休まれ、水不足のため米を炊く水もなく、官公が井戸を掘り水が涌き出たので村人が米を蒸す甑を道真公に貸したので、後にこの甑をご神体として祀ったそうです。 |
| 街道その先右には専教寺があります。 | ![]() |
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専教寺を過ぎますと心光寺があり、立派な石垣があり門前には地蔵さんが祀られています。 |
| 心光寺の左向かいの角には「南小泉忠海、東本郷三原」とかな文字の古い道標が立っています。 | ![]() |