(安芸区瀬野・中野)

広島市域に入ってもさらに下り坂は続きますが、道の左に旧山陽道代官おろし跡の碑がたっています。いかに代官といえどもこの道は馬や駕籠から下りて登らないと無理だったのでしょう。

大山峠を下って、国道2号線に出て少し先の、左の小道を南に下ると再び国道2号線に出会う。その辺り左の小高い所に万葉の歌碑が建っています。  

「まきのはの しなふせのやま しぬばずて         われこえゆけば このはちりけむ 」           (万葉集巻三 291勢能山歌

国道2号線を渡り瀬野川沿いに街道は続きます。
街道の右側民家の石垣のすそに旧山陽道涼木(すずむき)一里塚跡の碑が立てられています。
上瀬野に入りますと瀬野川の川岸に広島藩の油御用所跡があります。今でもきれいに積まれた石垣の下に水路が残っています。この油のお蔭でこの地は大いに繁栄したと云われています。
その先、一貫田のバス停を南に下ると熊野跡に通じる道で、西国街道との交差点の西南角に大正時代に建てられた右ハ海田市・廣島 左は熊野跡呉方面の道標があります。 この辺りは昔は間宿として栄えていたとのことです。
国道2号線を越えて志和方面に行く県道への道路の下に明治24年の右ハ国道 左ハ縣道の道標が立っています。
 
その先落合いに右ハ四日市、左ハ志わみちの自然石の道標が立っています。
道標のそばには旧山陽道落合の一里塚跡の碑が立っていますが、この位置は正しくはもっと東の位置が正しいようです。

落合を過ぎるとまもなくJR瀬野駅前に差し掛かります。瀬野駅を過ぎますとしばらくして街道はJRの北側を通ることになります。しばらく進むと大きな楠の木のある祇園神社が右手にあります。

その先、瀬野川の対岸には切畑神社があります。ここの大きなケヤキとシイの林は市の天然記念物となっています。
さらにその先、対岸には約400年前に建てられたといわれる随泉寺があります。

JR中野東を過ぎたところに昔の瀬野川の河床が残っている場所があります。駅のプラットフォームから見ると良く判るそうです。

中野東駅からおおよそ350mほど進みますと右に愛宕神社があります。この神社の本社は京都の愛宕山頂にある愛宕神社とのことです。
街道を引き続き西へ進み中野3丁目14の辺りの右の民家のブロック塀の横に鳥上の一里塚跡の碑が立っています。面影はありませんがこの位置は正確だそうです。
街道その先に浄土真宗で一番大きなお寺、専念寺があります。
専念寺の石垣は歴史のある江戸時代の安濃積の石垣とのことです。
専念寺を過ぎると安芸中野駅前になりその先でJR山陽本線を渡ります。すぐに貫道橋がありそこら辺りから松並木が続きます。これが広島藩主をこの辺りまで出迎えていたので出迎の松といわれるようです。
出迎えの松跡の碑が立っています。ここを過ぎますと海田市(かいたいち)に入ります。