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| 廿日市市は広島市に隣接し、日本三景の一つ宮島町に挟まれた街で、古くから山陽道の要衝で、人口およそ9万人の街です。 |
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一里塚を過ぎ廿日市市域に入ります。街道の左に大きな街道松が一本残っています。 |
| 街道から少し右に入りますと稲生(いなり)神社があります。稲成の前の細い道は津和野へ続く津和野街道です。 | ![]() |
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その先に津和野藩船屋敷跡の碑があります。 |
| 街道に戻り、西国街道を西へ進みますと正蓮寺があります。 | ![]() |
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その先に廿日市天満宮(天神さん)があります。祭礼が毎年10月第2日曜日に催され、御室流の神輿渡御として有名だそうです。 |
| 本殿は小高いところにあり、そこからは廿日市市内が見渡せます。ここから見るとついそこまで海が来ているのに驚かされます。 | ![]() |
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またそこは篠尾城跡でもあり、木杭で表示されています。 |
| 天神さんの向かいには芸州廿日市本陣跡の碑が置かれています。此処の本陣は山田次郎右衛門家が代々世襲して勤められたそうです。 | ![]() |
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そこから西へ少し行きますと今は立派な道になっておりますが、発掘調査で廿日市町屋跡であると判ったそうです。
発掘現場:広島県作成現地説明板より |
| 街道の少し北には古い街並みが見られ日蓮宗の長栄山常国寺があります。その寺の山門前には大きな慶安元年(1648)と刻まれた題目石が立っています。この辺りには寺院が多く蓮教寺、光明寺などがあります。 | ![]() |
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街道を西へ進みますと右に真宗本願寺派の常念寺があります。この寺には立派な鐘楼門があります。 |
| 常念寺をすぎてしばらく行き三叉路を左へ可愛橋の方へ曲がりますと橋の少し手前右の道を入ると突き当たりに福佐売(ふくさめ)神社があります。榎本連福佐売という貞節な女性を祀った珍しい神社です。 | ![]() |
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可愛橋の辺りに昔は番所が置かれていたそうで、またこの辺りに砲台があったそうです。少し上流の左の公園に砲筒を空に向けて記念碑として立てられています。 |
可愛川を渡り、広電の踏切を越えて、北へ坂を上って行きJRを陸橋で越えますと、越峠(こえたお)へ出ます。この辺りが越峠尾城跡です。 |
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街道右の道路の土手には道路工事の前からあったと思われる地蔵が祀られていました。 |
| その先、宮内串戸駅前を通りますが、その先御手洗橋の手前を右に曲がります。曲がり角の少し先左の空き地の北側のお屋敷の塀に地蔵尊が綺麗に祀られています。 | ![]() |
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そこから御手洗川沿いに上って行きますと左に地元ライオンズクラブによって西国街道一里塚の大きな碑が立てられています。 |
| 一里塚の向かいには浄土真宗本願寺派の専念寺があります。 | ![]() |
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専念寺からは道路工事で道が判らなくなっていますが、川を渡って津和野岐れに向かって進むことに致します。 |
| 街道の北は宮内天王社があります。 | ![]() |
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さらにその先に権現神社があります。 |
| 権現神社を過ぎて津和野岐れへ出ます。 | ![]() |
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街道は橋口橋の信号の手前から左へ入りますが、その道の右側に南無阿弥陀淵と彫られた夜泣き石といわれる石があります。 |
| そこから道は歩道もなく大きな頻繁にトラックが通り、廿日市JCTを過ぎ、リサイクルセンターまでは非常に歩行者にとっては危険な道となります。リサイクルセンターを過ぎますと四郎峠になります。 | ![]() |
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峠の頂上の左には旧宮内村(現廿日市市)と旧大野村(大野町)の村境碑があります。これを過ぎますと佐伯郡大野町域に入ることになります。 |