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(赤穂市・赤穂郡上郡町)
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| 赤穂市は人口53.000人弱の県の最西南部のまちで、浅野家の城下町、「赤穂義士と塩のまち」として知られ、赤穂城跡、大石良雄宅跡、赤穂旧上水道(日本3大上水道)など、多くの歴史・文化遺産や旧城下町の街並みが残っております。 上郡町は兵庫県最西部の町となります。 |
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国道2号線がJR山陽本線を高架で跨ぐところで赤穂市の有年牟礼に入ります。街道を少し外れ、矢野川に掛かる黒尾橋を渡り川沿いに右へ行くと小高いところに黒尾の荒神社があります。ここには赤穂らしく四十八士の絵馬が奉納されています。 |
| 荒神社の西の平地には今は建物はありませんが参勤本陣跡があります。 | ![]() |
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再び街道に戻り西へ進みますとJR有年駅前から南へ下がる道と交差する地点西南角民家の前に有年村道路元標が見られます。 |
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さらに街道を進んで行きますと道は右へ大きくカーブし国道2号線に出ます。国道2号線を渡った左側に「左岡山・廣島道」、「右上郡・鳥取道」の道標を見ることが出来ます。 | ![]() |
| 道標のあるところから矢野川沿いに右上郡・鳥取道の方向へ行きますとやや西の方向に有年原・田中遺跡公園がありそこに弥生時代の2基の墳丘墓があります。 | ![]() |
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さらに川沿いに北東に進みますと北畠の荒神さんと呼ばれる寛政(1753)改築の牟礼八幡宮の改築の古材を使って建てたといわれる須賀神社があります。 |
| そのさらに東側には牟礼八幡宮があります。ここの農耕絵馬図は赤穂市の有形民族文化財に指定されています。 | ![]() |
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大分道草しましたが再び街道に戻り、先ほどの道標から左岡山のほうへ西に向かいます。200mあまり進んだところ左山すそに道路改修のために売られた魚への感謝と供養のために建てられた天保7年の池魚碑と地蔵尊があります。 |
| 池魚碑をすぎて西へ進み千種川にかかる有年橋を渡り国道2号線とはなれて左の道へ入ります。1kmほど進んだ右側に有年宿跡があります。 | ![]() |
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有年宿をすぎますと間もなくT字路に差し掛かります。 T字路を右に折れる辺りに「左 おうくぁんすぐあかほ」と刻まれた道標が立っています。 |
| T字路を右に折れ国道2号線を渡ると右側に八幡神社の鳥居と参道があります。 現在この山は崩落の危険区域に指定されています。 |
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参道を登って行きますと頂上近くに灯台があります。この灯台は千種川を上り下りする高瀬舟が利用したといわれています。 |
| 八幡神社の本殿はその左側の奥まったところにひっそりと建っています。 | ![]() |
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八幡神社を後にしてさらに進みますと右手に黒澤山光明寺があります。昔は黒澤山の頂上にあり、弘法大師が紫の雲を見て彫刻されたという秘仏観音菩薩像が祀られているそうです。お寺は200年程前にこの地へ降りてこられたとのことです。 |
| 光明寺からしばらく進みますと左に名号石、地蔵尊、小さな一石五輪塔があります。 | ![]() |
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その先左には淳泰寺というお寺があります。 |
| 街道を長谷川を渡りますと右側に平安時代から鎌倉時代の掘立柱建物跡が多数見つかった宮東遺跡跡があります。 | ![]() |
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その直ぐ先には大避神社があります。 |
| 大避神社を過ぎ国道2号線を渡りますと民家がなくなり左の山すそに鎌倉時代から南北朝時代に建立されたと思われる向山の五輪塔があります。 | ![]() |
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長谷川に架かる上組橋をわたり集落に入ると右側に諸藩の参勤交代の際に宿場と宿場の間の休憩所として利用された立場跡(三村家)がみられます。 |
| その先には大きな池坂折池があり、有年峠を越えるために山中へと入ります。 | ![]() |
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有年峠は途中までは車のわだちの跡がついていますが、それも途中で無くなり道が判りにくくなります。峠が赤穂市と赤穂郡上郡町の境になっておりますが境界碑などは見つけることが出来ず、ただ道に迷わないことに集中しなくてはなりません。 |
| この辺りへ来ますと街道歩きというより、童心を甦らせる冒険でとても楽しい道です。峠付近では道は全く判らなくなります。 | ![]() |
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峠を越えて少し行きますとまた道がはっきりしてきます。 |
| 峠を下ってきますと道もはっきりし、田園が見える辺りになると多くのお墓が点在しています。さらに下って家が見える辺りの左には地蔵尊が迎えてくれます。 | ![]() |
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国道2号線を渡り梨ケ原の集落に入ります。T字路を左折してしばらく行きますと左手に中世から近世の集落跡でいずれも掘立式の建物跡が見つかっている梨ケ原宿跡の大きな案内板があります。 |
| その先右側には船坂神社が見られます。 | ![]() |
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船坂神社からさらに進みますと右側に明治天皇の碑が建っています。 |
| その先には梨ケ原大師堂があります。軒先には小さな阿弥陀さんが安置されています。 | ![]() |
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大師堂を過ぎて進んでゆきますと船坂峠への坂道となり峠に岡山県との県界の碑が建っています。 この画像は兵庫県側から見たところです。 次回からは岡山県に入ります。 |