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(明石市東部)
朝霧駅からいよいよ明石市に入ります。明石市は人口は293,053名(平成13年12月1日現在)の都市で子午線が通っていることで全国に知られており、鯛や蛸などの海産物も有名です。またここからは明石大橋で淡路島に渡れ、淡路島からは四国に橋で渡ることができるようになっております。
大蔵海岸の砂浜と明石大橋
海岸沿いの国道2号線を西へ進み朝霧川を渡ったところを左斜めに入りますと日蓮上人の題目石碑があります。

そのまま道なりに進みますと右側に穂蓼八幡神社があります。この神社は以前は越智神社と呼ばれていましたが、この前を通るにはここに祀られている朝鮮の鉄人を倒した伊予国の越智益躬(おちのますみ)に敬意を表して馬・駕籠から降りていたので、これを避けるために海上を船で通る人も出ていましたが、明石城主がこれを気の毒がり越智神社を穂蓼神社と改め、立替をしてその後は諸大名は馬・駕籠のままで通過するようになったそうです。

そのまま街道を西へ250mほど進みますと今度は左側に鐘楼の下が山門になっている西林寺があります。
さらに進むと今度は右手に稲爪神社があります。山門の裏には左甚五郎の手による素戔嗚尊の八岐大蛇退治の彫り物があります。
稲爪神社では兵庫県の重要無形民族文化財に指定されている「神楽獅子」と、明石市の無形文化財に指定されている伝統芸能の「囃口流し」が秋祭りとして有名になっています。

旧街道から離れますが稲爪神社の境内を抜けますと国道2号線にでます。これを西進しますと菅原道真公が大宰府の途中に休みになったという休神社があります。
境内には「菅公駐駕駅長宅址の碑が建っています。
休神社を過ぎ次の信号のある交差点を右折しますと山陽電鉄とJRの高架下を通りますがそこに源平の合戦のあと両馬川合戦跡の碑があります。
合戦の碑を通り過ぎさらに北へ進みますと今度は嘉永3年(1184)位置の谷の合戦に破れた西へ落ちる途中に平経盛の子、経正(敦盛の兄)の馬を生めたといわれる馬塚碑があります。
馬塚を通り過ぎますと明石天文科学館があり、その北側に百人一首でも有名な「あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながしきよ夜をひとりかもねん」と詠んだ柿本人磨呂を祀った柿本神社があります。
階段を上ると神社に着きます。境内には宝暦4年(1754)に造られた狛犬が本殿を守っています。
美しいつくりの本殿
 正一位柿本大明神の額が掛かっています。
柿本神社の隣には曹洞宗の月照寺があります
ここの山門は元和4年(1618)小笠原忠政が秀忠から伏見城の薬医門を拝領し、明石城の切手門としていたが明治6年ここに移築されています。
寺の前には子午線標示柱が立っています。
再び南下して西国街道(山陽道)へと戻ります。