続「コスモスの詩」

米田 実  詩・曲
野口 彰子  編曲

      1.1 月 17 日

    今年も又忘れられぬ あの忌まわしい日が
    巡り来る 傷を負った時だけが流れても
    この季節になると 決まったように
    夜明け前に目が覚める
    冷えきった空気の中で ふいに闇が動く
    突き上げる響 波打つ床
    揺られるままに宙を舞う
    5時46分の恐怖が襲いかかる

   
 眠れないまま朝を待つ 苦しい耳元に
    6400人の 嘆きの声が聞こえる
    人は皆忘れている 苦しかった時を
    あの頃は皆 被災者と呼ばれ
    無いものずくしの毎日をだだひたすら生きていた

    
寒い校庭でいつ来るかわからず震えながら
    給水車を待つ長い行列は
   
分け合うことを知らされた持てるのはバケツ二つ
便利な暮らして慣れすぎて 忘れていた
コップ一杯の水が
こんなにも有り難いものと始めて気づいた

今年も又巡り来るあの忌まわしい日が
もう昔のことと思う人もいるけど
苦しみの中で 学んだことも多いはず
あの日を生きた定めとして
語り継がねばならない
忘れたい だけど 忘れてはならない日
1995年 1月17日

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2.気 が 付 け ば 春

気が付けば春 長い冬を過ごした後も
厚いコートのままで 気付かず歩いていた
道行く人はいつのまにか それぞれに春の色
巡りくる季節を感じることもなく
足早に時は流れて 今年も迎える春

   気が付けば春 冬の寒さに耐えるため
   肩をすくめ俯いて 目を伏せて歩いていた
   草や木でも寒さの中で花の準備をしている
   生きている喜びや希望もないままに
   時の流れに背を向け 取り残された春

気が付けばもう 短い春は盛りを過ぎて
公園に春を呼ぶ花は散り始める
仮設の屋根に舞う花びらを今年もまた眺めてる
あの一瞬のできごとに 未来を奪われて
やり場のない空しさが 駆け抜けて行く春

   希望の光の見えぬまま過ぎ去ってゆく春


    (西宮市震災写真情報館より)


      3.傾 い た 時 計

工事現場の片隅に 長く止まった時計があった
そこは駅前の小さな公園
道行く人に時を告げ 学生の集まる場所
ずっと刻み続けた時が止まった
忘れもしない あの日 あの朝
敷き詰められたタイルはひび割れ
傾いたまま やっと立っていた

    無情のバリケードに囲まれて
    公園も時計もその使命を終えて
    忘れられてゆく

ここに暮らした人は今どこに
伸びるがままの雑草が狭い通路を塞ぐ
仮設住宅に 早 別れの時が訪れる

    一時のやすらぎとわかっていても
    まだ立ち上がることはできない
    あの一瞬に失った物 ああ帰らない
    廻り続けた人生の 歯車が急に止まった
    もう誰も振り向かない
    傾いた時計のように
    時の流れに(仮設住宅が)取り残された

工事現場は今 青いシートの下に
もう新しい顔を潜ませてる
この場所にどれだけの人が戻れるのか

    街は生まれ変る
    駅前にふさわしい公園と
    新しい時計が時を刻み始めている
    帰りたい 帰れない
    離れ離れになった人の
    心の傷を 置き去りにして

   4.九 月 の 雨

九月の雨 九月の雨 時には激しく

   降りしきる雨 九月の雨
   迫りくる夕闇に白く走る
   動き始めた季節の証し
   去り逝く者を急き立てる
   やがて 秋
錆び付いた鉄線に囲まれた空地が拡がる
ここに暮らした人達の温もりも絶え
今は夏草が生い茂り
戻ることない人をあざ笑う
けれど もう秋
おごれる者に無情の雨
季節の終わりを告げる

   
降りしきる雨 九月の雨
   空を覆う黒雲を稲妻が引き裂く
   空の上で夏と秋の激しく続く闘いが
   だけど 秋

  5.道端のコスモス

   秋の終わりの道端に コスモスが咲いている

今年の夏は長くて 花が咲くまで気を持たせたね
揺れる花びらを両手で囲み 「やっと咲いたね」と語りかける

   あの時出会った 空き地のコスモスも
  
 君と同じに輝いていた 咲いた喜びにあふれ
   小さな花が一つだけ 日射しの中で揺れている
   コンクリートの基礎だけ残る淋しい場所で
   どうして花を咲かせたのか 辛く長い道程を感じた
時は過ぎ 街はもう あの日の事を忘れている
辛い冬を置き去りにして 春を迎えても 希望なんかない!
だけど何かを信じていたい あの日出会ったコスモスのように
荒れ地の中で花を咲かせる 強い力が潜んでいることを

   だから 探していた あの花は幻なんかじゃない
   きっとどこかで目を覚ました 絶え間ない命があるはずだ
   春も終わりの道端を 見詰めながら行くと
   顔を出した 小さなコスモスを見つけた
   緑の葉が 朝の露を しっかり抱え並んでいる
   待っていたかのように   
その日から この道を通る度
見守り続けていたよ 君の伸びる姿
夏の日射しに頭を下げる 厳しい日もあったけど
日が落ちればもう 涼しい風も吹き始めた
花の咲く日は近い 淋しい日々を乗り越えて
やがて秋の彩りが この道にも訪れる

   夏は終わったはずなのに 季節はまだ動かない
   秋の気配を感じながら もどかしい時を過ごす
   あの日出会ったコスモスが道端に甦り
   なくしかけた希望の光となる日を待っていた

   だけど蕾の一つもつけぬまま
   庭先では仲間のコスモスが咲き始めている
   遅すぎる季節のせいだけじゃない
   日照りの夏 雨を待って 水もやらずに立ち去った
   一人で咲くのを待っていた
   空き地のコスモスのように きっと辛かったろう
   あの時が悔やまれる
希望を無くした秋は やがて来る冬に脅える
心の傷の癒えぬまま 季節は巡り来る
この道端のコスモスを 見守り続けていたけれど
一人で咲く難しさを 思い知らされた

   花はなくとも元気な事がせめてもの慰めと
   久しぶりにこの道を行くと 薄紅の花が
   小さな蕾に囲まれて 晴れやかに咲いている
   まるであの時のコスモスが
        生まれ変わったように輝いてい


やっと咲いた喜びに 自転車を降り駆け寄って
揺れる花びらに頬寄せて そっと口づける
君は今ここに 希望の花を咲かせている
辛い夏を乗り越えて 秋を迎えた

   咲き続けようここに 失ったものは多いけど
   絶えることない命のある限り
   咲き誇れ 咲き誇れ 咲き誇れ 今!

  6. 三 度 目 の 秋

燃え上がれ 燃え上がれ 秋の空へ
淋しかったこの街を 鮮やかな色に染めて
花いっぱいに日を受けたコスモスが咲き乱れる
空地のままじゃ淋しいと
ボランティアに助けられ花の種を蒔いた
水をやる人 草抜く人
さまざまな人達に支えられ花の季節を迎えた

この街は失った時を取り戻すため歩き始めた
あの日ガレキの中へ日本の国のすみずみから
差し伸べられた手の温もりを今も忘れない
この土地がある 私達のかけがえのない故郷が
今立ち上がる 新しい歴史を造るため
ここに咲き乱れるコスモスが
あの悲しい出来事を知るはずもない
だけど人のいない淋しさを感じてる
花の美しさより 人の温もりがほしい
この場所はコスモスより人の住む所

時は過ぎもう三度目の秋が逝く
もう咲かないで 来年から この街は生まれ変わる
今年限りの花となり空地を埋めつくせ
最後の秋を飾るため 燃え上がれ

     

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