ふと光が私の世界を包んだ。
目を閉じていても、瞼を透過しながら私をノックしていく光達。
光達が当たるたびに、少しづつ暖かくなる私の意識。
その暖かさから、光がお日様の日だと認識する。
お布団の温もりに隠れていない私の顔に、お日様が直接私を起こそうとしているのだろう。
と、顔が更にぽかぽかしてくる。
私にとって日差しは優しく、暖かな目覚ましだった。
私の寝相は規則正しい方らしく、祐一に『全く動いてないな』と良く言われるほどだ。
そういえば佐祐理には笑顔で『舞の蝋人形かと思った事もありますよー』と言われたこともある。
だから、お日様も動く事の無い私の顔に辛抱強く光を注ぎ続け、
ぬくぬくが段々あつあつになってくるぐらいで私は目覚めるのだ。
うっすらと目を開けると明るい、が、眩しいに切り替わる。
思わずもう一度目を閉じ、夢の世界へ戻ろうという考えが頭を過ぎるが、
折角お日様が起こしてくれたのだ。
このまま寝てしまうとお日様がかわいそうに思える……
起きよう。
そう決めると、まだ力の入らない身体で、まず上半身だけ起こすことにした。
眠い、という感情がまだ瞼に力を与えてはくれなかったが。
どうやら上体だけは動かせれたようだ。
と、違和感。
朝一番、突然の違和感に私は戸惑う。
ただ右手が、冷たかったのだ。
そして、
同時に寂しいとも感じた。
いつもとは何かが違う……
不安がじわじわと襲ってくる。
眠気が一瞬で飛び、違和感の元へ視線を這わす。
右手にいつもの感触が無い。
いつも重ねられている、
握られている手が、
無い。
居ない。
居なかった。
右隣に祐一が居ないかった。
佐祐理の温もりが左手から伝わってくるけれど、
右手からの温もりが、無かった。
その事実を祐一が居ないお布団と祐一が握ってくれない冷たさで実感する。
と、瞬時に胸が締め付けられてきた。
寂しいという感情とともに。
じゅぐっと鼻が鳴る。
寂しい。
私の右隣のお布団。
そこには祐一が居た事を証明する様に少しへこんでいた。
すっと右手でその場を撫でる。
春とは言えまだ3月だ。
朝は冷たく、そして温もりを奪っていた。
彼が居た温もりを。
やっぱり祐一は居ない。
…………ぐずっ…………
また鼻が鳴る。
祐一が居ない……寂しい……
目が熱い。
寂しさが胸に広がる。
駄目だ、泣いては駄目だ。
ごしごしと手で目を擦る。
でも何故かその手には湿った感触。
……やっぱり駄目だ。
弱くなった私には、祐一が居ないと駄目だ……
ただ、今泣き喚かないのは右手の冷たさから左手の温もりが、守っていてくれているからだ。
『寂しくなったらいつでも佐祐理を呼んでくださいねー』
『辛くなったらいつでも佐祐理を頼ってくださいねー』
『舞のお役に立てたら佐祐理はそれだけでうれしいですから』
あまりの心細さに思わず左手の温もりにすがろうとする私。
だけれど左隣に眠る、幸せな夢を見ているであろう佐祐理の、安らいだ寝顔を見ると禁忌の念が自分を押し留める。
佐祐理にもっと甘えたいけれど、佐祐理に迷惑は掛けたくない……
この左手に在る温もりでさえ、どれだけ私の支えになっている事か……
それだけで十分。
これ以上は私のわがまま。
だから我慢するのだ。
祐一が居ない寂しさも。
佐祐理にこれ以上甘えないでいる寂しさも。
でもそれでも……
少しだけ左手に力が入ってしまう……
やっぱり……
寂しい……よぉ……
もう私の瞳からは熱さがこぼれ出そうだった……
でも、私が寂しくなった時、耐え切れなくなった時には必ず彼が駆けつけてくれる。
何処とからなく何時の間にか側に、必ず。
そしてそれは今回も例外で無かった。
襖(ふすま)が開く音。
漏れる日の光。
そしてとても安心する匂い。
「ん? 舞……? 俺はここだぞ〜」
と、一番聞きたかった声と共に、ふわっとした温かみが私を包み込んだ。
ぱっと視線を声の方向に戻すと、
あの人が、そこに居た。
ごしごしと急いで目元を拭い、目を細めてあの人をもう一度見る。
あの人は確かに其処に居て、両手でお鍋を掴んだままにこやかに、私に向かって笑いかけてくれていた。
「……祐一……居た」
「おー俺はここに居るぞ」
祐一の身体には花柄のエプロン。
両手には花柄の手袋。
そして手にお鍋。
それを見て、はふ……と息をつく私。
今日は祐一が朝ご飯らしい。
安心感が胸に戻ってくる……
「舞どうした〜?」
ちょっと心配そうな声色で私に近づいてくる祐一。
そして近づいてくる温かで美味しそうな……
「……お味噌汁」
と、私の想いを口にした直後、祐一はお鍋を持ったままため息を吐いていた。
肩が脱力し、お鍋の重みに釣られる様に両手がぶらんと地に向かう……
危ないのに……
折角のお味噌汁がこぼれてしまう……
「はぁ……舞、お前なぁ……普通こんな時は」
寂しかったって言うぞ、と続ける祐一に、
私の一言。
真っ赤になった目を見せない様に俯きながらの一言。
「それは祐一が居ない時、いつも思ってるから」
途端祐一が押し黙っていた。
ふと目線を上げると今度は祐一の顔が真っ赤。
照れて真っ赤っか。
自然、私も笑顔になっていた。
やっぱり私には祐一が居ないと駄目らしい。
*
朝はだいたい私が作っていた。
別段、朝早く起きるのが得意なわけも無いし、私が朝食しか作れないわけでもない。
ただそうしないと不安になってしまうから。
二人よりも先に起きないと不安になってしまうから。
私と祐一と佐祐理の三人で川の字のようになって寝る。
私はいつも寝る時には真ん中だ。
いつも寝る前に不安が私を襲う。
一人で取り残されるような不安。
だから私を繋ぎ止めてくれるように、
二人の元へ居られるように、右手を祐一に、左手を佐祐理に手を繋いでもらって眠りにつく。
あの時以来、どうしようもなく不安になる私を二人がその手で、その暖かみで守ってくれているのだ。
わがままで弱い自分がココに居る。
どうしようもなく弱い自分が。
剣を手放したあの時から私は弱くなった。
それまで心の支えであったであろう剣を手放した時から。
迷子になった私は二人にすがりつく。
どちらか片方では駄目だった。
弱くても良いと言ってくれた祐一。
一緒に暮らそうと言ってくれた佐祐理。
二人でなくては駄目だった。
私が朝食を作りたがるのは、
誰よりも早く起きるのは、
起きた時に二人の温かさがないと不安だから。
だから早く起きて手を握っている事、握られている事を確認する。
離れるのは嫌だけれど。
いつも繋いでいたいけど、
せめて離れる時には自分からでないと、寂しすぎるから。
だから、祐一を感じる事の出来なかった今日の朝は、
少し泣いてしまった。
*
「祐一早く次」
「って! 舞っ何してるんだっ!?」
「お皿を運んでるだけ」
「一気に6皿持たなくても一つずつ持っていけば良いだろうがっ!
その運び方は危ないから止めろっ」
「……ならこっちの方にする」
「って馬鹿投げるなぁ!!」
祐一がご飯をよそって、私が料理を運んでいく。
私が手伝ったおかげでお料理はすばやく並んだ。
なのに、
……何故か祐一は渋い顔をしていた…………どうして?
「あははー、舞も祐一さんも早起きさんですねー」
「よっ佐祐理さんもおはよう」
「……おはよう」
と、隣の部屋から佐祐理が起きてきた。
この頃お気に入りのピンクのパジャマが佐祐理を一段と可愛く……
可愛く…・・・
……私は何も言わずに祐一の方へ向き直ると一言。
「祐一むこう向く」
案の定祐一は分かってない。
それで良いといえば良いかもしれないのだが……私が嫌だ。
「は? なんだ舞?」
「いいから」
埒が明かない。
取りあえず祐一の視線を佐祐理から外す。
がっちりと祐一の頭を両手で持って、ぐっと一気に捻る。
「いでっいでででで!」
「祐一そのまま」
「わ、分かったっ!
分かったからそれ以上廻すなぁ!!」
「佐祐理こっち」
「ふぇ?」
まだ寝起きの為だろう、私が佐祐理を呼ぶと、佐祐理はふらふらとおぼつかない足取りで私の近くまでやってくる。
ぼーっとしてる佐祐理に向かって手を伸ばし、ちょこちょこと作業。
「……これでいい」
ボタンを止めるだけの作業。
一瞬で終わる事だけれど、それによって佐祐理の身体が綺麗にパジャマの中に納まる。
……祐一は『えっち』だから……
「ふぇ〜舞ありがとぉ……」
「うん、佐祐理も気をつける」
そう言い佐祐理を見つめる。
「あ、でも祐一さんなら――」
「駄目」
「ふぇ〜……」
「あ、俺なら全然気にし――」
む、チョップ。
「でっ!!」
そんな事を言う祐一にはチョップだ。
と、くすくすという笑い声。
隣で佐祐理が笑っている声だ。
いつもの『あははー』でないのは笑っているのを悟られない様に我慢しているからだろう。
……その幸せそうな隠し笑いに私も祐一も一瞬顔を見合わせ、
二人ともくすくすと笑う。
三人共くすくす笑い。
佐祐理の笑顔はやはりみんなを幸せにするのだろう。
佐祐理の笑顔がなければこんなに幸せじゃないから。
あの時を乗り越えたから今があった。
佐祐理を見ているとそう実感する。
――大好きなのは舞な――
――じゃぁっ!――だけが――それじゃ――
――佐祐――も――さんの事を――
想いは通じたのだから大丈夫。
もう皆離れない。
「舞?
佐祐理の顔になにかついてますかー?」
と、気がつくと不思議そうに佐祐理が私の顔を覗きこんでいた。
その顔を見ていると、やっぱり心が温かくなる。
……もう私たちは一緒なのだから。
目の前の佐祐理はまだ目を丸くしている。
あ、私が少し押し黙ってしまっていたから……気にしているのかな?
「……お鼻」
照れ隠しに佐祐理のお鼻の事を言う。
ただ単に目に入っただけなのだけれど……
佐祐理は顔を傾げて、
「お花さん? 舞お花が欲しいの?」
と……?
……佐祐理はまだ夢の中らしい。
お鼻、お鼻……どう説明しよう……
あ……そうだ。
「お鼻さん……象さん、ぱおーん」
「あ、象さん象さんですねー、あははー佐祐理勘違いしてましたー」
どうやら分かってくれた様だ……
隣の祐一はどうやらその様子に呆れていたらしく苦笑いをしていた。
「はぁ……二人とも朝から流石だな……っと二人とも親友してないで祐一さんの朝食だぞっ」
「あ、早く食べましょう!
冷えたら折角のお料理が……」
「……今日のおかずは嫌いじゃないから……早く」
お鍋を持って笑う祐一。
ちょっと眠そうな、目をこすっている佐祐理。
そして、二人の真ん中にいる、笑顔の私。
二人がいれば私は笑える。
幸せを与えてくれる二人が側にいれば。
あの時心に描いた夢の風景が、
ここにはあった。
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