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隆宏の家は昔からの伝統的な日本家屋で、普通の家よりも大きい。


2階には静音のために割り当てられた部屋がある。
部屋の大きさは12畳ほどで、天井が高く広々とした印象を受ける。


いまだ整理されていない引っ越し用のダンボール箱が部屋の端にいくつも並んでいる。
まぁ、引越しというものは一日できれいさっぱりと終わるものではないのでしかたがないだろう。


今は午前2時。
隆宏と静音の10年ぶりの再会からいくつかゴタゴタがあったが無事就寝時間になっていたようだ。


「う……」


と、部屋の左奥から声がした。
飾りの少ない清楚なベッドがそこにはあり、その上からだ。


ベッドの上の影がもぞりと動く。
その動きによって黒い流れが、ベッドからはらりと落ちた。


いつもは後ろで束(たば)ねている黒髪が、いまでは解(ほど)かれ湖面のように広がっている。
先ほどの声は、この部屋の主、静音である。


「い……や……」


その端正な顔が少し歪められている。


−負けないと思ってたのに……


静音はその自分の腕(かいな)をきつく抱き寄せる。


「助けてよ…………たか……ひろ」


ただいま巫女さん修行中


第EX話 『芽生えて花の咲く頃に』


Written by 津々羅

00.08.23


その日はいつもいっしょにつるんでいた隆宏とは遊んでいなかった。
理由はなんだったか……確かつまらないことで喧嘩したのだ。
手持ちぶさだった静音は、ふと見つけたホウキを使って日頃しない、神社の清掃をしているのだった。


「モト君が悪いんだ。僕は悪くない……モト君が謝るまで僕、遊んであげないから……」


静音はそうつぶやくと手に持っていたホウキを上段に構え、勢いよく振り下ろす。
小さな子どもが振り下ろすにしてはきれいな線を描き、打点である地面の周りには砂が散っていた。


「う〜……面白くない……」


じっと手に持つホウキに視線をそそぐ。


オモムロにホウキを神社の軒下に置き、そしてふと自分の手のひらをみる。


小さな手。


所々に傷が有り、今でもマメが出来ている所がある。巍善から教えてもらっている剣術のためだ。


−女の子の手じゃ……ないよ……


母から自分は隆宏とは違うと言われた日……何処が違うのか分からなかった。
『女の子だから』……そう言われたのだ。
初めは気にも止めなかったが、この頃よく思い出される。


『シー君って力ないよなぁ……』
『嘘。僕だって力持ちだよ!』
『じゃぁ、この石持ち上げられるか?』
『できるもん!…………ん……んん……』
『ほ〜ら、無理じゃん……シー君は俺より力持ちじゃないね』
『ッ!…………うるさ〜い!僕だって……僕だって……モト君と同じなんだい!!』


昨日の隆宏との喧嘩。
原因もそれだ。


−なんであの時、あんなにも腹が立ったんだろう……


目を閉じ、顔を上げ、空を見てみる……


答えを求めたわけではないが、空にはただ、蒼(あお)が広がるばかり。


そのまま歩き、風を感じながら想いを馳(は)せる……


−わかんないよ……







「けっ、静音じゃんかよ〜」


と、空を仰いでいた静音に声が架けられた。野太い声である。
静音は声の主の方に顔を向け、一言。


「帰れ」


と言う。


静音の居る場所は神社の裏手である。
この場所は開けているが、巍善からココでは遊ぶなと、きつくしかられたこともある場所であった。
どうしてだめなのか、理由は教えられなかったが、静音にとって巍善の言葉には幼心でも重みがあったように感じられたのだ。
それを示すように、この場所へは『関係者以外立ち入り禁止』の看板が刺さっているはずである。
その看板を無視して静音が知っている人物が入ってきたのだ。


「んあ?うっさいっすよお前……」
「ど〜せ自分だけで遊びに使うんだろ!」


先ほどとは違う声が2つ聞こえた。こちらは甲高い(かんだかい)声とすこし間延びした声だ。


−武田とその家来か……


武田というのはこの辺一帯のガキ大将で、静音達の年齢からすると大きな体を持っている。
家来というのはいつも武田に金魚の糞のように付いてまわる2人組みのことで、小さい方を小西。ひょろっとして背が高い方を渡辺という。


「おまえらココで遊ぶなって言われてるんだぞ!」


武田は静音の注意に耳を傾けることなく周りをキョロキョロと見回している。


「静音だけか……いつも隆宏と一緒にいるのに……今日は一緒に居ないっと……へへへ……こりゃいいや。おまえらだけなんだよな〜俺に楯突いてんの……いつも1対2で分が悪いけど今日は1対1だ……」
「でも、武田さん……俺らもいるからいつもは3対2ですよ〜」


ぼそっとそばにいた小西がつぶやくのを聞き、武田は小西の頭を殴った。
ゴスッという鈍い音からしてかなり痛そうだ。


「静音なんていつも武器を使ってくるじゃないかよ!奴の方が汚いからいいんだよ!」
「しかし、武田さん……俺っち達もいろいろと使うっすよ?砂とか縄跳びとか……」


ぼそっとそばにいた渡辺がつぶやくのを聞き、武田は渡辺の腹を蹴ろうとした。
が、小西とは違い、スッと避けた……


武田がジロッと渡辺をにらむと、ヘコヘコと謝る渡辺。


−こいつら……僕と喧嘩する気か?


いつも隆宏と一緒に遊んでいると必ずチョッカイ架けてくるのがこの3人組みである。
武術を仕込まれている隆宏と静音には毎度のようにやり返されてはいるのだが……


静音は先ほど置いたホウキを見る……


−位置が悪い……


自分と相対している武田の横にあるホウキ……
それを手に入れるには……


−まずは……!


静音は武田に向かって走る。
と、武田の目の前で方向を変え、ホウキに飛びつく!


静音の小さい手がホウキに届こうとした瞬間。その横から太い手が伸びてきてホウキを掻っ攫う(かっさらう)。
その行動は手の主、武田には読まれていた。


「へっへ……おまえは汚い奴だから絶対このホウキを取りに来ると思ってたんだよなぁ……」
「くそ!」


武田の手には静音の切り札が握られている。
周りを見回すと小西と渡辺が笑っている。


静音にはあまりに不利な状況だった。
逃げようにも既に周りを囲まれていた。


いつもは逃げていく武田達が目の前に強大な壁として目に映る。
それが静音には無性に悔しかった……
そんな静音に武田は非情な一言を発する。


「それじゃ……やっちゃえぇ!!!」







周りから突き飛ばされ、殴られ、蹴られる。
カメのように丸くなっている静音に容赦の無い攻撃が浴びせられる。


子供だから力は弱い。
だが、子供だから残虐だ。


「けっ!こいつ泣かないんでやんの」


無抵抗のものに対して絶対の優位を取ったとき、子供は天使から悪魔へと変貌する。


「まだまだやらんといけないっすね」


無邪気な悪。


「いままでの恨みぃ!」


それがいま静音を痛めつけていた。


−痛い……痛い……痛い……痛い……痛い……痛い……


泣くまいと固く目をつぶり、体を守る為、体を抱え込み、じっと耐え続けている静音。


半ズボンから伸びている足、半袖から伸びている手。


そのどちらにも既に所々青く変色した所や、血が流れているのが見える


それでも泣かない静音。


だが、心は既に泣いていた。


−助けて……父さん……母さん……おじいちゃん……朱音(あかね)……助けてよぉぉぉぉ……


「武田さん!こいつ生意気ですよ……もっと強いのないんですか?!」
「あ、武田さん……手!手!」
「手……!そうだな。これでブッ叩きゃぁ泣くわな、こいつも」


そう言うと静音を蹴っていた脚を止め、手を……ホウキを真上に振り上げる。
子供たちの顔はとても楽しそうだ。
楽しいからもっとやる。


「じゃぁねぇ〜……静音ちゃん!ギャハハハハハハ!!」


−助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!たかひろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!


武田が振り下ろす。
会心の笑みとともに……



と、



ギシッ……と音がなった。







武田は疑問。手が振り落とせない。何故か?


武田は自分の手を見る。変じゃない。いつもの手だ。


「じゃぁ……」


ホウキを見る。普通のホウキだ。


だがホウキには手があった。力強い。浅黒くも無く大きくも無い。だが力強く見える手。
その手の主は……隆宏だ。


「おまえらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


その言葉ともにホウキを引っ込抜く。
武田からもぎ取らたホウキはそのまま隆宏に投げ捨てられた。


「モト……君……」

その隆宏の声を聞き、静音は泣いた。


「!……お〜お〜だれかと思えば隆宏くんじゃないかぁ……どうしたんだい、こんな所で」


隆宏の激昂に怖じ気付いていた武田だが、いつもやられていた静音を圧倒的に叩き伏せた事で余裕を持っていた。


−こいつも今じゃ一人だ……ついでにやってやる……


そんな考えが武田の頭を過(よ)ぎる。


「今日はいつもとはちょっと違うだろぉ?……静音はこんなだし……」


そう言いながら武田は小西と渡辺に目配せする。
武田の意図を感づいた二人は静音の側を離れ、隆宏にバレ無いようじりじりと移動する。


隆宏には二人が退いたおかげで静音の惨状が余計に浮き上がってみえた。


「…………シー……君……あは……あははは……」


突然、隆宏が笑い出した。
取り囲もうとしていた二人がビクッと震える。


「な、なにいきなり笑ってんだよ!次はおまえなんだか……」


武田は隆宏をにらみ、そして声を失った。


なぜなら、隆宏は、笑いながらも、表情が凍り付いていたからだ。


ゾクッとしたものが武田の体を駆け上る。


子供からみて絶対的な力を持っているのは大人。
だが、『子供だから』ということで大人には許される。
大人に介入されない、小さな子供の世界。
その子供の世界は無邪気で無法な世界かもしれない。


だが、同じ子供で絶対的な力を持っている子供が居ればどうなるだろうか……


「小西!渡辺!やっちゃえよ!!」


その声に逆らえない二人は背後から隆宏に迫る。


「うるさいよ……」


そう言うと隆宏は右後ろから殴ってくる小西の腕を払い、口に容赦無い肘打ち。
ゴリュッというすさまじい音を出しつつ小西が倒れる。


右に血の着いた肘を出した体勢のままの隆宏に左後ろから渡辺が蹴る。
その蹴りは隆宏の左脇腹に当たったが、腰の入っていない蹴りだ。隆宏には効かない。
その蹴りを受けたまま隆宏はぞんざいに渡辺の軸足を捻り、刈り取る。
軸足を失い、地面に頭からぶつかる渡辺。
その渡辺はどうやら後頭部を強打したらしく立ち上がってこない。


「ひっ……」


いつものおちゃらけた隆宏のあしらいとは違い、大の大人でも苦悶(くもん)に泣き出しそうなエゲツ無い攻撃。
それを見て武田は明らかに震えていた。


「や、やりすぎだ……俺はなんにもしてないからな!そいつらが悪いんだから、俺は悪くないんだぞ!!」


近づいてくる隆宏に対して支離滅裂な言葉を吐く武田。


武田の目の前に立った隆宏は武田のTシャツを掴み、話す。


「シー君はなぁ……棒を持てば俺なんかよりずっと強いんだ……強いんだよ……!」


そう言ったのも束の間、武田の腹には拳がめり込んでいた。
打ち込んだところは、腹の少し上。
水月と呼ばれる急所の一つだ。


「お……えぇぇ……」
「二度とこんなことはするんじゃねぇ……したら俺がもっと酷いことしてやる……!」


余りの事に息が詰まっている武田に隆宏はつぶやく。
後ろにヨロケル間もあったかどうか……この後、武田は隆宏の豪快な右を食らうことになる。







静音が気付いたのは布団の上だった。
横には隆宏が被さるようにして寝ている。


それを見てクスっと笑う静音。
起こさないように布団を出ると体の調子を確認する。


体中いたるところに包帯が巻いてあり痛々しいが、別段動かない所などはないようだ。


「いたた……」


と、殴られた所を押してしまったのか、つい声が出てしまう。


「シー君……?あ、起きたんだな!」


と、隆宏が起き上がり心配そうに見てくる。


あれから隆宏が武田達を追い払ってくれたのは静音も知っていた。


「体動くか?痛くないか?」


隆宏が忙(せわ)しなく聞いてくる。


「大丈夫だよ……モト君……ありがと……」
「へへ……んだよ、シー君と俺だから当たり前じゃん!」


そう言うと二人はお互いを見て、笑った。


「昨日、ごめんな……僕が勝手に怒ったりしたから……」
「違う違う!シー君は悪くないんだって!あれは俺がいらんこと言ったから……ごめんなシー君」


そう言うとぺこりと謝る隆宏。


「ぼ、僕も悪いから謝るって!」


そう言うと静音もぺこりと謝る。


そして、また二人はお互いを見て、笑う。
すると隆宏はオモムロに脇に置いていた袋を手に取った。


「いつも棒もっとけよ。棒持ったキー君は無敵なんだから……ハイ、コレ」


と、隆宏は静音に袋を渡す。どうやら近所のスーパーのようだ。


「何?」


静音が袋の中を見るとそこには『伸ばすと1mになります。これであなたも教官に――――シメスクン』というフレーズが入った先が白い銀のポインタが見えた。


「?……う〜字が読めないなぁ……」
「字なんてどうでもいいんだよ!とりあえず持ってみろよ!」


おずおずと静音は隆宏の言う通りポインタを持って見る。


「それで?」
「んと、先の白いのを引っ張るんだっけ……」
「こうかな……っと」


するするとポインタが伸びていき、静音の手には1m弱の銀の棒が握られていた。


「う……わぁぁ」
「な……すげぇだろ!TVでやってたんだ!なんかおじさんがポケットから出してさ!スルスルって棒にするの!」


二人ともちょっと興奮気味に棒を触る。


「で、でもこれ、どうしたの?」
「あ、いや、その……お小遣いを使ってだな……全部なくなっちゃったけど……」
「そんな!?あれはモト君が欲しがってた戦車のプラモデルを買うために溜めてたものなのに!!」


静音は頑張ってお金を溜めていた隆宏を知っていたから、このポインタが自分達にとって高級な物だと知った。


「いいんだよ!これでシー君が無敵になってくれる方が俺にはうれしい」


−……ありがとう……モト君……


守代静音が元神隆宏を異性として意識したのはここからである。







「ふふ……」


と、またもや部屋から声が漏れた。
先ほどの悲壮感あふれる助けを請う声ではなく、幸せに満ち溢れているような声だ。


「ありが……とう……たか……ひろ……」


そうつぶやくとこの部屋の主、静音は、それきりスースーと深い眠りに入ったようだ。


熟睡。


外敵がいないことが解ったとき、動物は熟睡出来るという。
静音を安心させたものはなんだったのか……


だが、端で見ていても分かるかもしれない。


なぜならその静音の右手にはきつく握られているものがあるからである。

                                
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後書き (written by 津々羅)

うんだば〜と第三話にすべく書いたのですが……

これって外伝やん。

と言う友達の言葉により外伝です(笑)

まぁ静音と言うキャラの味付けになんかいいシナリオないかな〜と思い書いたんです。

あと壱話の補足にもなりますし……

こう考えるとやっぱり外伝ですかね?

 

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