りん、と音がなる。
音がしないはずのただの銀鋼。
だが、手にしたとき、確かに音が鳴った。
ああ、これはあの時の――
ぼやけた風景の中、手の中の小さな欠片は、りん、りん、りん、と何度も音を鳴らした。
音は想いが溢れる音。
音は銀に水が当たる音。
熱い水がこんなにも自分から出るとは思わなかった、あの日の事だ――
夜、目が覚めた。
月明かりが目に入る。息苦しさも感じない。
ということは、一昨日のようにベッドの下ということではないらしい。いや、実際昨日は足だけベッドに残っていたのだから油断は出来ない。
手をぐるりとそのまま回す。さらさらと手には布の感覚がある。
「おお……珍しくベッドの上だ……」
心を震わす感動の言葉が思わず漏れる。
が、
「当たり前だろう。馬鹿主」
そんな小さな幸せを一掃する不埒で心無い言葉のおかげで寝覚めは一気に最悪に。
「うるせ」
寝起きざま、指に当たっていた手近なものを、こちらを見ているのであろう窓際の影に向かって投げつけてやる。
バサリ、という音がしたが相手の悲鳴は聞こえず、ただ投げつけたモノが下に落ちただけ。
やはり、最悪だ。
「……当たれよ。礼儀だろ」
「しらん。それよりも主。宝物殿へ呼び出しだ」
うすぼんやりと夜目に慣れてきた自分に、つい最近見知った存在からの一方的な通達。
やるせないやら腹が立つやら。
だが、その感情は後回しだ。
目が覚めた時から違和感を感じている自分。
意識領域の下から自分を押し上げるような感覚。
軽く胸に手をやると、鼓動が早い。
起きたのではなく、起こされた事がソレで分かった。
「落ち着かねぇ……。
これ、お前のせいか?」
自分の従者となったその存在に向かってぼやきつつ、立ち上がる事にする。
軽く両目を指で押さえることにより、眠気を何処かへと飛ばした後、首を巡らし窓際へ向き直った。
暗闇に慣れた目に映った光景。
そこには予想とは大きく違う光景があった。
「うお、なんだそのカッコ!」
「……我の霊質はこの形態も包括しているだけだ、主」
窓際のソレから掛けられる声は、まさしくあの憎たらしい弓の声だったが。
目に映る存在は、朱の双眼を持つ闇色の鳥。
今はどこにでも居る怠惰した鳥の象徴、カラスだった。
が、普通のカラスと大きく違う点がある。
始めは錯覚かと自分を疑ったものだが、間違いない。
二本足の間にもう一本、脚が生えていた。
闇の中、3つの脚で悠然と立つ鳥の存在感は大きく、どこかしら気品のようなものまで感じる。
と、そこで気づいた。
こんなことを覚えていたのは腐っていても宮司の孫ということか。
カラスで3本脚とくれば。
うむ、文献通り。
それは神代のカラス。
3本脚の、八咫烏(ヤタガラス)。
「そんなのにもなれたのかお前……」
ジャケットを羽織りつつ、横目で目にした、窓際のカラスに声を掛ける。
「うむ。だが、今はそれよりも重要なことがあろう。行け、主よ」
「だな、何かあるんだろーな。そんな気がしてるさ」
クチバシが動き、言葉がそこから聞こえてくる事に、その存在がやはりコウハであることを確認する。
ま、しゃべる竹よりは良いさ。
口には出さないが、そう思った。
「……主」
「ん?」
「心して行け。我は付いていけぬゆえ」
「……ん」
ココに来て初めてだと思う、コウハの気遣った声色。
苦笑しながらドアに手を掛け、いざ出発しようと思ったその時、ある事を思い出した。
主人から従者への命令を。
「ああ、そだ、コウハ」
「ん?」
「……その雑誌、閉じといてくれ」
「……早く行け」
先ほど投げつけた成人向け雑誌の見開きは、そのまま放置しておくには少し過激すぎだろうと思ったので。
|