2004年
3月7日
日記を書かず、だいぶん経ってしまった。ホームページも更新できず、全くどうにもなりません。
プレートも少しカッコイイものに変えたけど、更新できないのなら、何のためにやったかわからないし、仕方がないなぁという感じ。
牛も鶏も病気で大騒ぎ、何食ったらいいのやら、魚も海の汚染があるしね。好きなものを食って、好きなことをして生きたらいいのです。
政治家の汚職もあるし、世の中、どうなっているのやら。あぁため息。
2月26日
17日よりパソコンが全面的に故障で日記も書けませんでした。ホームページの更新のための接続システムかが未だ復旧しておられず、現時点では
ホームページの更新はできていません。
この間、風邪気味、腹に風邪のウィルスが回り、吐き気と下痢をもよおす。しかし、そんな状態であるが、24日に東京の代々木オリンピックセンターで、全国自立生活センター協議会の臨時総会があり、23日の午後から東京に向かい、出席する。
23日の夜に長洲信枝さんと会って、和やかな懇談を行う。
昨日、2時間かけて、肝炎と風邪の点滴注射1000ccを行う。
2月16日
今朝から風邪気味。それでも遊び雲の懇談会に出る。何のための懇談会か今いちよくわからない。話するだけが目的か。何かを決めなければならないかがわからない。しんどさだけが残った。
2月15日
相手の女の子が小学校5年の時に授業に入って、今年4月から国立名古屋大学の法科大学院に合格して、入学する彼女と会った。確か4年ぶりに出会いなので、美しいお嬢さんになっておられた。
何か彼女の節目節目に会っているような感じがし、不思議な感じがする。
はじめて会った時は、好奇心丸出しで私の周りを付いて回っていた女の子で、その時に彼女は「将来は検察官になりたい」と作文か何かに書いていたことを記憶している。その夢をただの夢に終わらせることなく、着実に現実に近づけつつある彼女の生き方はすごいなぁと思う。彼女が検察官になった姿が見たいものだ。それにはあと8年、生きなければならない。まだまだ死ねへんで。
「君よ、大樹と仰ぎ見ん」という心境だ。大きな大きな樹を下から見上げている。そのようなうれしい感じでした。
2月14日
散髪に行く。スポーツがりにする。
今までは阪急西宮北口駅の近くの家から遠い理容店で散髪をしていたが、今回は家から一番近くの理容店に行った。わりと親切な店だったので、これからその店で散髪することを決めた。かなりのフケ症みたいで毎日のように頭を洗っているのに、散髪の最中もフケが飛び散って恥ずかしかった。
今日は、パレンタインデー。以前、介護者としてお世話になっていた巽さんがわざわざ家を訪ねてきて、義理チョコでなくて応援チョコを持ってきてくれる。うれしいことだ。
2月13日
昨日は、疲れていたため、日記をつけずに寝てしまった。まぁ何も書くことがなかったから、ちょうどよかった。
今日は市立中央病院の主治医の診察日。何か副作用の少ないインターフェロンが開発され、病院がその薬を使うことを決定するのが時間がかかるので、インターフェロンの投与は4月以降になりそう。
俺はいいモルモット。「どうせ私はモルモット」とみんなを笑わせていたことが本当になりそうな感じ。あぁため息。
2月11日
世間は建国記念日。日本の建国って本当に今日かいなぁ。毎年、そう思う。
パソコンのメンテナンスとメールでの情報提供を行なう。盛岡のCILから依頼があった。すぐ対応したのは私1人だけ。祝日だから、仕方ないと言うことか。あぁため息。
このパソコン、いつ壊れるかわからない。冷や冷やしながら使っている状態。
2月10日
10年余り前、小学校の5年生の授業に入った女の子が、今年、新設される法科大学院に合格して、その大学があるところが名古屋なので、「当分会えなくなるから会いたい」というメールが来て、今度の日曜に会うことになった。
たった1日の出会いがその人に何を残しておきたいという一念で、授業に入り、私の姿を通して、励ましを送ろうとと授業に入って、筆談(最近はトークマシン)で話したり、子どもたちのなかに入って遊んだりしています。
その子どもたちの1人が成長した姿を見せてくれるとは、涙が出るほどうれしいことだ。何も見返りを求めてやっているわけではありませんがね。
2月9日
小田クリニックに点滴注射のために通院。
大きい病院より、小さな医院のよりが人間味があるね。ドクターが診察の合間をぬって、点滴している私のところに見に来て声をかけてくれる。大病院では考えられないことだ。やはり官僚的になってしまう。
中央病院に整形外科の薬をもらいに行ったけど、私のカルテが内科にあるので、そのカルテを内科から取り寄せるのに、30分近く待たされて、もらったのはいつもと同じ整形外科の薬。今の時代、カルテは電算化して、病院内のパソコンでドクターがいつでも見られて、看護師や薬剤師に指示できるようでなかったら。分厚い百科事典のようなカルテが事務員の手で運ばれている光景はこっけいだよね。
2月8日
外は寒そうだし、身体がなんとなくだるいので、今日1日、家でいて、寝たり、新聞を読んだりして、過ごした。
介護者は無視して、自分のリズムで生活していっているという感じ。介護者が仕事がないから、手持ち無沙汰。しかし、そんなことを気にしていたら、こっちが疲れる。「そんなん知らないよ」って!
2月7日
今月の24日に東京で全国自立生活センター協議会の臨時総会があるので行くことにした。
来年度にピアカウンセリングの集中講座をやるので、その下準備と、障害者の支援費と介護保険との統合するという話があるので、中央の動きの情報収拾が目的。言語障害の私が外交もやらないとならない、しかも、病身で。しんどい話だ。
2月6日
体調不良のときのために、今、通院している市立中央病院の近くの小田クリニックという開業医を訪ねる。
往診はしてくれることになった。代わりに中央病院の主治医の診察日以外は、その小田クリニックに通院することになる。距離的にはほぼ同じだから、まぁいい感じ。
そのドクターも歳にして60才近い感じがするが、好印象を受けた。
中央病院の主治医のドクターは若いし、口調がやさしいけど、何か頼りない。治療方針も揺れているような感じがする。だから、セカンドドクターあるいはホームドクターを持っておくことが得策かもしれない。
2月5日
今日も寒い。今年は暖冬だと聞いていたのに
今は夜の10時、疲れたので、寝ます。おやすみなさい。
2月4日
私のホームページを見た男の人より、私のつたない文章を読んで「生きる自信がわいてきました」というメールが届きました。その人も鬱病で家にいて療養されているようです。
このストレス社会で、精神的な病にならないのが、不思議だと思います。
この社会が不安もなく、お互いが支え合える社会にしていかないと、精神病はなくならない。
いくら精神病者を隔離したところで、またあとからあとから、精神病を患う人が出てくるでしょう。精神病になっても、安心して暮らせる社会が健状者にとっても安心して暮らせる社会であると思います。
私のホームページが1人の人に自信を与えたということは、私にとってもうれしいことだ。
2月3日
家にいても、色々なことがあり、それに対応しないとならないから、寝ていてられない。これが本当の闘病生活かなぁ? もっと静かにしないとは思いますが…。
2月2日
だいぶん前、女子十二樂坊のCDを買ったら、DVDも一緒の商品だったので、見たくて見たくて仕方がなかったので、とうとう我慢できず、ビデオとDVDが合体したデッキを買いました。
やはり、音楽だけでなく、映像も見えるということはは迫力があっていいですね。それに女子十二樂坊の彼女が美しく、かわいいね。
伝統楽器をオーケストラ風に再編成したところが、革新的で面白い。
日本の伝統芸能も、ただ伝統を守るのでなく、現代化も必要ではないいかと思う。
2月1日
何にもしないで、介護者とよもやま話をして、風呂に入って、あとは寝るだけ。こうしたゆっくりした日曜もいいものだ。今は、毎日が日曜日かな?
1月31日
今年も1ヶ月が過ぎていく。時はあっという間に過ぎ去っていく。
人生、今まで何をやってた来たのだろう。私は何にも残して来なかったようだ。
嫁さんも、子もいない。家族もない。わき目も触れず、働き、闘ってきた。
「獅子は伴侶を求めず」という言葉があるが・・・。私はそんなにカッコイイ男ではない。ただのもてない男ということだけさ。本当に今までもてなかった。今もそうだよね。片思いばかり、尽くして捨てられるパターンばかり。今も好きな人がいるけど・・・。高嶺の花さんだから、私には手が届かないよ!(涙・涙・涙)
入院して、家族の大切さを感じました。介護者は本当に献身的に介護してくれるが、本当に心の支えとはならないことがわかりました。
病院で隣りのベットの人に家族の人が見舞いに来て、励ましたりしている姿を見ると、「いいなぁ」と思い、涙が出てくるね。
家族を築くという小さな幸せが男の重度障害者にとって、ものすごくむずかしいことだ。その小さな幸せがいかに大切かを痛感する昨今です。
1月30日
今日、診察の日なので、診てもらいに行きました。
そして、主治医の榎本ドクターが、
「今の状態は、炎症が止まっている状態で、C型肝炎のウィルスがなくなったわけではないので、症状が安定したら、今度は、2週間ぐらい入院して、インターフェロンを打ち、また、今、やっている週3回の炎症を防ぐ、点滴をしてもらいます。インターフェロンを打てば、副作用が出て、ものすごくしんどくなります」と淡々と言われました。
仕事・活動の復帰は今年の春だろうと思っていたけど、それはまぁ無理でしょう。
1年ぐらい、それ以上、かかりそうです。
今、ウィルスを制圧しておかないと、炎症が繰り返され、、肝硬変になり、肝癌になり、その先は死がお待ちになっている。人間は1度は死ぬから、どうっていうこともないし、妻も子もいないから、この世には未練はありませんがね。
でも、この穀潰しが死んで喜ぶのは西宮市の役人かも。「1日で長く生きて、穀潰しをやりつづけて
やろう」と思うようになりました。死んでたまるものか!
1月29日
公私共に色々な情報を家にいながら知ることができる。インターネットって、すごいけど、恐い面も持っているね。バーチャルであり、現実でないと言うこと、情報操作もできると言うことなど、考えて、使わないとすごい間違いを犯してしまう。心しないとならないことだ。
1月28日
市の生活保護の担当ケースワーカーが来られる。体調不良の場合、往診してもらい、点滴注射ができるように家の近くの開業医のリストを持ってきてもらう。すぐ介護者に頼み、往診してもらえるかどうかをどうかを確認。どうやれ、往診で点滴してもらえる医院があった。中央病院の主治医に紹介状を書いてもらい、医院に行こうと思う。
ケースワーカーが来年度の他人介護料の申請の書類を置いていく。西宮はまだ打ち切られないようだ。
1月27日
今日は、1日、ホームページのメンテナンスに費やす。思うようにはいかない。あぁ疲れた。
1月26日
介護者と漫才しながら、生活する。月曜はいつもそうだ。来月からその介護者が入るようだ。週2日、笑い転げなければならないようだ。
陸上自衛隊本隊のイラク派遣が決まる。今日、戦後が終わった日と後の世の歴史家が記すかもしれない。国論が真っ二つ。与党・公明党の支持者のなかにも派遣反対論が根強い。だから、結論が出せないから、神崎代表に一任するという形になったようだ。公明党はどうなるのか。おそらく早い時期に党首交代して、自民党とは距離を置くと思われる。こんなこと、どうでもいいことだ。
私は自衛隊の早期撤収を、そして、1人も死者や負傷者が出ないように願うのみ。彼ら隊員には何の罪もない。軍部が政治に介入できないし、政府が決めて命令したことには服従しないとならない。これがシビリアンコントロール。
明治憲法下では、政府とは別に天皇の統帥権があり、軍部が統帥権の名のもと、暴走したという、これが敗戦の一番の原因であった。これが今の自衛隊との違いである。が、最前線の兵隊さんがつらいことは変わりない。
私が主演の映画のタイトルが、「欲望といえる神々」から「おそいひと」に変更されました。
1月25日
映画「ラストサムライ」を見た。何かが変。
ストリー的には明治時代の西南戦争をベースにしていることがわかる。だが、合戦シーンは戦国時代以前のやり方。鉄砲対剣の図式。剣が侍のシンボル。しかも大名、殿様が合戦の先頭に立って闘う。そんなことは江戸時代以降はないことだ。それに天皇の侍従が合戦の時は軍服を着ていた。しかもある時は大使。あの人は何者だろう
戦国時代は鉄砲保有が日本が世界一だったことも知らない。合戦は剣で戦うのが侍だと思っている。アメリカ人の日本に対する見方がこのようなものだ。
殺陣だけがよかった。主役の相手役の女性が奥ゆかしく美人。外国人の好む女性のタイプのようだ。
時代考証を、日本の歴史をもう少し学んでほしいなぁ。
1月24日
私は入院して、行けなかったけど、去年の12月23日のピアカウンセラー公開セミナーが好評だったようだ。島根の松江自立生活センターの代表・中村宏子さんを私が招いて話してもらった。
「話がわかりやすかった」とか、「最初、セミナーのことを聞いた時は、なぜ島根から来られるだろう、もっと近く人に頼めるのにと思ったけれど、話を聞いて、なぜ住田さんが中村さんを招いたのか、よくわかった」とか、「信念があって、いきいきと生きておられる魅力ある人だなぁ」という声が私に寄せられています。
企画した私としては、肩の荷が1つおろせたという感じです。
私の思いとして、東京のような中央・都市部でなくても、いきいきと自立生活されている人もいるんだぞということをみんなに知らせたかった。そして、元気になってほしかった。
忙しいなか、時間を割いて来てくださった中村さんに心から感謝したい気持ちでいっぱいだ
今日は激しいことをやってしまった。それは、ひ・み・つ。
1月23日
今日は、点滴注射を打ちに中央病院に通院する日。週に3回、月、水、金曜と、面倒くさいけれど、今、この病を制圧しないと、肝硬変、肝癌になり、死んでしまう。今、勝たねばならない。愛するあの人のためにも、友のためにも。腕は注射針の跡だらけ。
来客あり。反戦障害者の会の高見さんが来られる。イラク派兵の話になる。どうして、戦争反対の世論が盛り上がらないのか。断じて戦争は反対である。生命の尊厳を第1と説く仏法を持つ者として、創価学会員としても、大義なきイラク戦争の日本の荷担には断固として反対である。どう世論をつくるべきか。言論闘争あるのみ。家にいてできる闘いはあるはず、工夫して戦いの波を起すぞ。
映画監督の柴田さんから電話がある。
今、音楽づけの作業中。完成まであと一ヶ月のこと。バージョン1を見たが、完成度の高い映画になっていた。あれよりバージョンアップ。さあ、どんな素晴らしい映画になっているだろう。
私が入院したことを聞き、心配されていたようである。申し訳ないっす。
「私はまだまだ生きますから、死んでたまるかよ」 だから、ご心配なく。
1月22日
やっと工事完了。リンクできました。
今日から日記が書けます。うれしい。3日坊主になるかもしれません。さあ、どうなるか。見てのお楽しみ。
介護者のつくってもらったこのホームページ。自分の思うように改造するのは、一苦労。まぁ、これも勉強。
皆様、どんなことが書けるか。乞うご期待。
今日はこの冬一番の寒さらしい。寒い寒い1日でした。