Shinya's Room
プロフィール


慎也 誕生
1991年10月11日

(次男・2870g・48、5cm)
安産で、生後も元気にすくすくと育ってくれた。よく飲み、よく寝る子だった。
一時期、昼と夜が逆転してしまったこともあったが・・・。

乳幼児の頃
・おとなしくて、育て易い子だった。
・少しアトピー体質だったので、時々通院していた。
・生後7ヵ月位のときに、腕を骨折してしまった。
・とにかくかわいくて仕方なかった。このまま大きくならないで
 ず〜っと私の手の中にいて欲しいと思っていた。それが、
 こんな形で現実になるとは思いもしなかった。
・公園などで自分のおもちゃを取られても、取り返すことが
 出来ないような子だったので、幼稚園に行ってやっていけるの
 かと少し心配だった。

スイミングスクールに
通い始める

1996年3月

最初は不安そうだったが、だんだんと水にも慣れ、張り切って通っていた。

幼稚園に入園
1996年4月

入園前の心配にも及ばず、入園式の日からすごく活発になる。
お友達もたくさん出来た。とにかく声が大きくて、いる場所がすぐにわかる。

ピアノを習い始める
1997年6月

幼稚園の先生に感化され、自分から習いたいと言い出した。
習い出してからは、平日はほとんど毎日、どこへ遊びに行っていても
4時には帰って来て1時間ほど練習をしていた。

幼稚園を卒園
1998年3月

卒園式で精勤賞をもらう。首からメダルをかけてもらい、本人も大喜び。

小学校へ入学
1998年4月

地元の学校へは、半年程しか行けなかった。
発病するまでは、ここでも元気ぶりを発揮していた。

好きなもの
ピカチュウ・任天堂64・ゲームボーイ・折り紙・工作・ピアノ・家族のみんな

性格 最初は少し人見知りをするけど、慣れるととっても人なつっこく、
明るくて朗らか。次男のせいもあってかとても甘え上手で、みんなから
かわいがってもらっていた。
頭でじっくり考えるより、すぐに行動に移すタイプ。おおらか。気前が良い。

発病、入院
1998年11月

約1年間の入院生活だったが、ほんとによくがんばった。

この世を去る
1999年10月15日

ひかりの世界へ帰還。
「ほんとにお疲れ様。そっちでゆっくり休憩してね。」



2002年10月11日

Mダックス♂のロンが我が家にやって来ました。

2004年11月

「ESSE」12月号の特集

”限りあるわが子の生を見つめつづけたママたちの心の声”
         病気と闘って逝った幼い命・・・

に、記事が掲載されました。



★おもしろエピソード★


慎也は、細かいことにこだわらないというか、おおらかというか、
そんな性格だったので、色々とおもしろいことをやらかしてくれました。
一番印象に残っているのは、小学校1年生の時に、朝、Tシャツの下に
着ていったランニングシャツを、暑かったのか学校で脱いだらしく、
なんとそれを ランドセルの横の給食袋などを引っ掛ける金具に、
ぶら下げて帰って来たことです。普通なら、ランドセルの中に入れるでしょ?
それを見たときは、思わず大笑いしてしまいました。

他にも、どうしてか給食の箸が一本だけ筆箱の中に入っていたり(^^;
私の予想では、たぶん、下校時に箸を落としていたのに気づき、
給食袋に入れないで、机の上にあった筆箱の中に入れてきたのでしょう。

あと、幼稚園の頃の話なのですが、家に帰ってきた時に靴下を
片方だけはいてないので、「靴下どうしたん?」と聞くと、降園時に、
(幼稚園は近かったので歩きでした)片方の靴下が濡れたらしく、
それを脱いで手で持っていたら、畑の木に引っかかってしまったと言うのです。
でも、ただ持っていただけなら、そんな木に引っかかるということも
ないと思うのできっと、 振り回していたのでしょうね(^^;
それで、その畑まで確かめに行ったら、あるあるほんとに靴下が木の上に
ぶら下がっているではありませんか!もう、叱るよりもおかしくなってきて、
またまた大笑いしてしまいました。

工作なんかを作る時でも、しばらく画用紙を眺めていたかと思うと、
大胆にもいきなりはさみでジョキジョキ切り始めて
下絵もなしにちゃんと形に切り取ったり、廃材を使って、
素早く器用にいろんなものを作ったりしていました。

今から考えると、慎也には小さなことにこだわっている暇はなかったんだ。
貴重な短い時間を有意義に過ごすためにも・・・と、思えるのです。

そして、確かに慎也の8年間の人生は、短かったけど、
ほんとに中身の濃い充実した時間だったと思います。