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2003年
7月9日(水)7月になりました
お天気がぱっとしないですね。梅雨はまだあけませんが、夏はすぐそこ。

マジック
点灯しました。早すぎる感はあります。確かにひとり勝ちはペナントレースをつまらなくしてしまったでしょう。でも、それでも素直に嬉しかったです。だって18年ぶりだもの。大目にみてもくれてもいいんじゃないかと。
正直、容赦なく強い阪神は、今までの「あかんたれ」の阪神と違って違和感がないこともなかったんです。だってその「あかんたれ」なところも魅力だったんだから。けれど、この前、桧山がテレビのインタビューで6月の快進撃の勝ち越しについて答えていたのを聞いて、ああやっぱりこれが阪神だって思いました。去年の6月は大負けして、あっという間に首位を転落したことが頭にあって、一つ負けると不安で不安で明日は絶対勝たないとってピリピリしていたそうです。選手はこんなに健気なんですよぉ〜。負けてばかりのチームじゃないときっとこんな発想はでてこないと思うんですよ。今年は夢を見させてください。
でも、なんてったって阪神だから、最後の最後まで何があるかわからないですけどね。

放鳥
文鳥のキキとトトは一日一回は籠の外にだして、部屋の中を自由に飛ばせてます。最初は機嫌よく飛び回っていて、しばらくすると私の肩や手に止まって遊んでいるんですが、そろそろ籠に戻そうと思っただけで、どうしてわかるのか不思議なんだけど、ぱっと逃げ出すんですよね。そうなると久美子の出番なんです。久美子は本当に捕まえるのがうまい。あっという間に捕まえちゃいます。飛んでる最中のも捕まえちゃうくらい。でも、飛んでるところを捕まるっていうのは、鳥としてどうだろう。。。

すずめの子
今、うちのベランダには親子連れのすずめがやってきています。そういう時期なんですねえ。キキトトの残りの餌を撒いてるのでそれをあてにしてやってくるんですけど、雛って可愛いです。もうひとりでも食べれるのだけど、親がそばにいるとやっぱり餌をねだったりして。親も三羽も雛を連れてるもんだから大忙し。
朝から随分と和ませてもらっています。

お弁当
中学に久美子が入学して毎朝のお弁当作りが始まりました。朝5時半に起きて作り始めるんですけど、そうすると必ず一階で寝ていたレティが「とんとんとん」って軽快な足音をたてて階段を上ってきます。2階の台所は階段を上がりきって、くるっと180度回転したところにあるので、レティは階段を上がりきるとくるっと体を回転させて台所を見るんです。その時の顔がとっても可愛い。満面の笑顔っていうか、階段を勢いよくあがってくるので口がちょっと開いていて、本当に笑っているように見えるんです。狙いはお弁当のおかずのおこぼれをもらうことなんだけど、その期待に満ちた目についつい負けてしまっていつもおかずをあげてしまっています。ドックフード以外のものをやるのは本当は良くないんですけど、あんまり可愛いし、他には誰も起きてない家の中で、一緒に朝早くから起きてきてくれるのも嬉しくて。

ジャカルタ来訪
SARSも落ち着いたし、予定通り夏休みになったらジャカルタに行くことになりました。今回は2度目なので、前回ほど緊張することもなくのんびり準備してるんですけど、気をぬいてると思わぬアクシデントに見舞われるかもしれないから気を引き締めないと。今、つくづく後悔しているのは、前回、英語ができなくてあんなに落ち込んで、今度行くまでにもう少し英語がしゃべれるようになっておこうって思ってたはずなのに、結局な〜んにもしないまま時を過ごしてしまいました。ダメですね、本当に。ジャカルタに行ったら多少は家事に追われることになるとは思うんですけど、気分転換にはなると思うので楽しんでこようと思います。

8月7日(木)帰国
2週間のジャカルタ滞在を終えて今朝、帰国しました。こっちでは結構多忙な日々を送っているので、ひたすらのんびりと過ごした2週間でした。ジャワ式の結婚式に参列したり、マッサージでリフレッシュしたり、事務所の女の人たちと写真館で写真をとって遊んだり、そうそう、シンガポールにも行ったり(まだSARSが少し心配だったんだけど、こんな機会もうないかもと思い切って行ってきました)と、楽しい思い出もたくさんできました。事務所の社長さんをはじめ、事務所の女の子や運転手さん、アパートのボーイさんまで、本当にいろんな人に親切にしてもらってインドネシアにはとてもいい印象を持っているのだけど、どうも体調をいつも崩してしまいます。夏バテする性質なので、かなり堪えます。反対に久美子はすこぶる快調で、骨付きのヤギのお肉をおいしい、おいしいと食べたりと頼もしいかぎり。海外で暮らすにはそういうのってとっても大事な事だと思います。あと久美子は言葉の問題さえなければね。結局インドネシアにいる間にあの子、一言か二言しかしゃべらなかったんじゃないかな。
そう思うとペコキチは異国で良く頑張っているとつくづく思ってはいるのです。社長さんとマッサージに行った時に社長さんが話してくれたんだけど「彼はインドネシア語でコミニュケーションが取れるから、スタッフにも客先にもとても評判がよい」そうだし(ま、社交辞令も入ってるでしょうけどね)。けれどもどうしてもペコキチを見てるととても気楽に好き勝手に暮らしているように見えるのはなぜなんでしょ。

帰国間際にジャカルタで爆弾テロがあって、ペコキチのアパートからはずいぶん離れているし直接はなんの被害もなかったんだけど、やはり怖いと思いました。インドネシアの人たちの屈託のない優しい笑顔がどうか消えることのありませんように。

8月13日(水)インドネシアあれこれ
帰国して一週間。大分落ち着いたので、ちょっとまとめて書いてみました。

記録更新?
毎年夏になると食欲がなくなって5〜6キロ痩せます。それで秋になると痩せた分以上に太るということを繰り返していたんですが、去年の秋冬は体重が戻ることもなく、ジャカルタへの出発前にはさらに体重が減っていて。でも今年はいくら夏バテになっても割合から考えて、前みたいに5キロも6キロも痩せることはないだろうと思っていたのですが、帰ってきてから体重計に乗ってびっくり。こんな体重、小学生以来っていう数字が。ちょっと嬉しいような気も確かにするのですが、年齢を重ねてくるとあんまり痩せるのも心配になってしまって。もともとが太いから痩せたといってもそんな細いというわけではないので、いいようなもんなんですが。秋になっても体重が戻らないようなら、今年こそちゃんと健康診断を受けようと心に決めているところです。でも、案外、秋になったらいつもどおりの体重になって、あの数字は幻だったのかということになるかもしれないので、記念に日記に書いておくことにしました(^^ゞ

結婚式
今度のジャカルタ行きのメイン行事はLIAさんの結婚式。ペコキチいわく「お世話係の女の子」です。とっても気さくで元気な女の子で、この前ジャカルタに行ったときもとても優しく接してくれました。インドネシアの結婚式は、日本のように祝辞とか友人のスピーチとかそういうものは一切なくて、招待客も1000人ちかくにものぼります。その招待客が式の時間(大体2時間)の、どの時間帯にやってきてもよいことになっていて、人が出たり入ったりといった感じです。式の始まりは民族衣装をつけた男の踊り手さんに先導され、新郎新婦が、これも煌びやかな民族衣装を身に着けて、静々と赤い絨毯の上を歩いて会場正面のひな壇に双方の両親とともに並んで立ちます。今回は特別な余興として、ジャワの踊りが披露されました。そして簡単な新郎新婦の経歴などの紹介があり(たぶんそんな内容だったと思う)、それから来賓の名が呼ばれて、その人がひな壇にあがって新郎新婦とその両親に言葉をかけて握手をかわし、並んで写真をとります。来賓との写真撮影が終わると、今度は約1000人の招待客が列をつくって順番にひな壇にあがって、挨拶と握手。それが終わった人から、立食で食事を始める。こんな流れでした。ペコキチ一家は図々しくも、その来賓だったので、真っ先に名前を呼ばれてひな壇に上がることに。一応、LIAさんの直接の上司とその家族ということなんだけど、わけのわかんない外国人が来賓代表で本当によかったんだろうか。と今でもちょっと心配しています。あとで、だんなさんのご両親と揉めたりしないかなあ。
LIAさんが入場してきた時には親戚の女の子がお嫁に行くようなそんな気がして、ちょっとぐっときてしまいました。どうか末永くお幸せに。結婚式に招待してくれて本当にありがとう。

マッサージ
ジャカルタに行った時にマッサージを2回してもらったんですが、本当に気持ちよかったです。帰国してからそろそろ1週間だけど、またやってもらいたいと心底思っています。最初に行ったほうは所謂アロマテラピーで、本当に優雅な時間でした。いい香りに包まれてのんびりゆったり。まさに癒しの時間といった感じ。2回目に行ったマッサージは、指圧っていうのかなあ、本当に体の凝りをほぐしてくれるマッサージで、肩がすごく凝っているので、できるかぎり強くしてもらいたいって頼んだら、私の担当のマッサージ師さん、「あき竹城」にそっくりのそれはもう体つきのしっかりした人がやってきてくれました。またその人の力がすごくて。肩は凝ってるのでちょうどいいというか、まだ強くてもいいくらいだったんだけど、ふくらはぎも念入りに揉んでくれて、それが痛いのなんのって。でも後になって足が随分楽になったような気もして、あれってやっぱりツボだったからかなあと納得しているところです。また行きたいなあ、マッサージ。

記念写真
ジャカルタの事務所の女の子達の間で流行っている遊びがこれ。写真館でプロのカメラマンに36枚撮りのフィルムで写真を撮ってもらうというものです。衣装は自前だけど、ちゃんと撮影用のメークをしてくれて、36枚、好きなポーズで撮ってくれて、最後は修整までしてくれるというもの。ライトをあてたり、風で髪をなびかせてくれたりと演出もさまざま。さすがに私はごくごく普通に撮ってもらいましたけどね。みんなで衣装をとっかえひっかえ、本当に楽しかったです。できあがりの写真、特にアップで撮ってもらったのは、「一体誰、これ」っていうほど別人のようでした。ひそかにここで撮った写真のどれかを遺影に使おうと思っていたのですが、あまりにも実物とちがうので、お葬式の時にみんなから「あれ、誰?」って言われたら嫌だからあきらめました。

シンガポール
2週間、ジャカルタ以外どこにも行かないというのはあまりにも暇だということで、意を決してシンガポールまで足をのばしました。ま、一度は行ってみたいと思っていたし。ジャカルタからは飛行機で一時間ちょっと。あっという間です。
例年なら夏休みはアジアのツアーが大人気なんでしょうけど、SARSの影響なのか、日本の旅行店でもアジアのパンフレットはまったくと言っていいほど置いていなかったし、街のあちらこちらで日本人のツアー客と遭遇するというイメージがシンガポールにはあった(行ったことがないので、本当にただのイメージだけですけど。)んですが、ほとんど見かけませんでした。
シンガポールではMRTという地下鉄を利用して移動しました。ペコキチは何回もシンガポールに行ってるから慣れたものなのかと思っていたら、切符の買い方もわからず、ガイドブックと見比べながら買ったり、街中では道に迷ったりと、まあ、それはそれで楽しい旅行でした(ペコキチ曰く、普段は会社の金だからタクシー以外使わない、だそうです)。そうそうMRTの改札は、カードをセンサーにタッチするだけのもので、関西のほうではまだそういうシステムのものはないから、久美子は改札を通るたびにちょっと顔を強張らせていました(笑)。シンガポールでは観光というよりもショッピング(「Just looking」ばかりですけど)に行ったようなもので、でも目の保養になりました。もし、東南アジアのどこかで暮らさなければならないとしたら、シンガポールなら暮らせるかな〜とそんなことも思ったりしました。

爆破テロ
起こった当日よりも帰国してからの方が、しみじみ恐怖心が沸いてきています。日本に帰ってから新聞にショッピングモールも標的の予定地になっていたという記事を読んでからはなおさら。生活していれば必ずショッピングモールには行きますもん。2週間の滞在だって、何回買い物に出たかわかりません。警戒のしようがないから、テロって本当に怖いです。宗教や民族の争いの根の深さは私には理解しがたいことですし、貧困という問題も抱えているからだろうけど、自分の命や人の命よりも宗教や民族は大切なんでしょうか。
ペコキチの運転手さんも、残念なことにクビになっちゃいましたが、このこともなんかトラブルになるんじゃないかと随分心配しました。やはり物騒な国なんだと思ってしまいます。私の周りにいたインドネシアの人たちは本当に親切でした。だから決してインドネシアは悪い国だとは思わないんですが、本当にみんなが笑顔でいてもらいたいと思っています。

9月18日(木)祝優勝ヽ(^o^)丿
ご存知のとおり阪神タイガースが15日に優勝しました。優勝の胴上げシーンもよかったけれど、マジックが1になった赤星のサヨナラ打が個人的にはNO.1です。戻ってきた赤星選手を星野監督が抱きしめて頭をゴシゴシ撫でてるショットがお気に入り。

遺伝子のなせる業か、幼児期の刷り込みか、阪神間に生まれ育った私はやっぱり阪神ファン。夜遅くまでチャンネルをパチパチ変えて、特番を見まくりました。街中でバカ騒ぎしてる輩はどうでもいいから、選手のインタビューや表情が見たくて。阪神ファンの大半はきっと家でこうやって、しみじみと優勝を喜んだと思います。くれぐれもあのバカ騒ぎしてるのが阪神ファンだと思わないでくださいね〜。確かに万歳くらい叫びたくはなりますけど、あそこまでするのは阪神ファンじゃなくてただ騒ぎたいだけの人達です。

でもなんで阪神が優勝するとこんなに嬉しいんでしょう。滅多にないことだからかな。大半の人が今度はいつ優勝するかわからないって思ってると思うんです。だから優勝記念グッズを買いあさるわけで。だって毎年だったらそんなことする必要ないもん。だけど今の阪神だったらひょっとしたら来年もまた優勝するかも、選手、若手が多いし。。。。もしそんなことになったらどうしよう。慣れてないからどう対応していいか分からないですよ。「負けても負けてもタイガース」っていうのが阪神ファンの信条のはずだから。

あ、そんな来年の心配する前に日本シリーズがありますよね。後半はモタモタしたので、この調子のままだとボロ負けしちゃうんじゃないかとか思ったりもするけれど、ま、別に負けてもいいんですけど。そのほうが来年の目標にもなるしねって気が弱いですかね。あ〜でも、日本シリーズに勝って、御堂筋をパレードするところも見てみたいなあ!

阪神が勝ってくれて本当によかった。経済は低迷、治安は悪化、先行きは不安、日々の生活にはたいして良いことなんてなくて、でもこんなに喜びを味わせてくれたんだから、本当に感謝です。ありがとう!!

10月15日(水)秋になりました。
すっかり涼しくなりました。あんなに暑かった毎日がうそのようです。秋は学校の行事が多くて楽しい季節だったなあと懐かしみながらまとめて更新。

運動会。
久美子の学校の運動会がありました。ただでさえ生徒数が多いのに、中高合同の運動会なので半端じゃない数です。幼稚園も小学校もこじんまりとした学校で過ごしてきたから余計にギャップが。自分の子供を肉眼で捜すのなんてほとんど不可能で、ビデオカメラのズームに頼りっぱなしでした。人数が多いわりには(多いからかな)テキパキと進行して流れはとてもスムーズでした。そしてなにより和気藹々って感じが伝わってきて楽しい運動会観戦でした。あ、そうそう今年の運動会は本当にお天気に恵まれて。こんなの初めてじゃないかな。天気を全く気にしないで運動会当日を迎えたのって。でも翌日はしっかり雨で。ぎりぎりセーフだったみたい。

クラブ
久美子は筝曲部なので、秋の文化祭がメイン行事。なので今その練習に明け暮れています。帰宅はだいたい夜の8時前。あさ7時過ぎには家をでるので「12時間以上うちにいないんだよ〜」と本人もビックリしているようでした。そんな毎日なのでたまに休みがあっても、絶好の行楽日和でも、出かけるということがないんです。「今日は家でのんびりしたい」って。疲れてるんだろうけどね、でも、せっかくいいお天気だからちょっと出かけたら気分転換になりそうなのになあって私はひとりガッカリしています。

護憲
ペコキチの日記にもありましたが、「護憲」って言葉に特に女の人って弱いような気がします。私もこの言葉には気持ちが揺らぐんです。小学校の社会で憲法第九条を習った時、日本は絶対戦争しないんだ。もう二度と戦争で死んだりする人はいないんだ。なんて立派な憲法を日本は持ってるんだろうって思いました。戦争の悲惨さを学ぶにつれて、こんなことは二度とおきないでほしい。誰も戦争の犠牲になってほしくないって。でも大人になって、だんだん世の中の仕組みが分かってくると、「戦争しません」と宣言するだけで、平和が維持されてたわけじゃないんだということを知るわけです。いろんな複雑な仕組みの上に今の日本の平和があるってことを。憲法どおりなら自衛隊は違憲だから自衛のための軍隊は認めるということを憲法に盛り込むって憲法改正派の人はいいます。確かになし崩しのように憲法が破られいくのは怖いから、言ってることはわかるんですけど、でも、なんか引っかかるんですよね。九条ってみんなの平和の願いがそこに込められてる、そんな思いが強いので。自衛の大切さは分かるんだけど、世界平和のために軍隊を派遣するってやっぱりおかしいって思うんですよ。戦争って嫌なんです。だたそれだけ。誰にも死んでほしくないし、誰にも人を殺してほしくない。ただそれだけなんですよ。「護憲」って言葉はその気持ちを揺さぶるんだと思います。

11月8日(土)暦の上ではもう冬なんですね。
年賀状やクリスマスケーキの予約のチラシが舞い込む季節。ほんとうに一年って早いなあと思うこのごろ。

幸せ
久美子は文化祭の練習が忙しく、帰って来る時はいつもとっぷりと日が暮れています。近頃は物騒な事件が頻発しているので最寄のバス停まで迎えに出るのが日課になりました。バスの中から制服姿の久美子が降りてくるのが見えた時、ああ、やっぱりこの中学に入れてよかったとしみじみ思うのです。私立の中学に入れることは考えて考えて決めたことでしたが、実際に入ってみないことには合う合わないはわからないことでしたから、本当に気を揉むばかりでした。親の目から見るとすべてに満足というわけではありませんが、何よりも本人が「学校は楽しい」と嬉々としていることが、思わず手を合わしてたくなる程、ありとあらゆるものに感謝したい気持ちでいっぱいになります。この思いを噛み締める、この瞬間を幸せというのだろうと停車するバスのライトに照らされながら思う毎日です。

日本シリーズ
先月は久しぶりにテレビの前で熱狂していました。福岡で2連敗した時は、「このまま4タテ?」と暗くなってしまい、なんとか甲子園の3連戦で一つだけでも勝ってほしいと祈るような思いでした。一つ勝った時は心底ホッとしました。二つ勝った時は狂喜乱舞しました。サヨナラホームランはやっぱり絵になりますよね。三つ勝った時はひょっとしたら!と期待が膨らみました。6戦目が始まる前は、このまま決めてほしいような、7戦目まで見たいような複雑な気持ちでした。7戦目は、ダイエーって強いなあ、若い選手が多いしってあらためて驚きました。それにちょっと美形?と他のことでも感心してみたり(笑)。でも、本当にいいシリーズだったと思います。こんなにハラハラドキドキ、テレビの前で応援してヘトヘトになるほど楽しませてくれて。ファンがみんなよく「ありがとう」って言うけれど、本当にその言葉が口をついてででしまう一年でした。星野監督が引退してしまうのは本当に残念。なんだかやっぱり今年かぎりの夢だったんじゃないかってことになりそうな予感。岡田監督って生え抜きだけど、やっぱりちょっと地味だから。。でも!大変だけど頑張れ、岡田監督!!期待してます。

てるてる家族
今、NHKの朝の連続テレビ小説にはまっています。BSでは7時半からやっているので、久美子を送り出し一段落してコーヒーを飲みながら見るのに丁度いいし、話がとても前向き。それに4姉妹が可愛い。今は小学生くらいの子役が演じてるんだけど、その前のもっと小さい子役の子達も凄く可愛くて、並んで座ってる姿をみるだけで和みました。今の子役の子達もとってもいいんです。とても自然で。
時期が昭和30年代のお話でノスタルジーを感じるというか、笑わせたりしんみりしたり、子供の描写がしっかりしてて、毎日楽しみにしています。子役が大人に変わったら楽しみが半減するのかな。ちょっと心配だけど、楽しみにするものが毎日あるというのはいいもんです。

11月30日(日)秋のお楽しみ。
文化祭
文化部の晴れ舞台、文化祭がやってきました。筝曲部の一年生はこの文化祭が初めての発表の場となります。ですから直前2週間は毎日帰宅が8時。よく頑張っていました。舞台衣装も着物に袴ということで、1週間前から衣装を持って帰ってきて家で着付けの特訓。といっても着物は見上げをしたので帯と袴だけの練習でしたが、着物までちゃんと着るとなるともっと大変だったろうと思います。
当日、ちゃんと着れたかなあと心配しつつ学校に向かいました。ちょうど出番前の久美子を見つけることができ、意外とちゃんと着れていたのでちょっと感動。舞台の方は、40台のお琴がずらりと並んで壮観でした。でも、久美子はというと一番後ろの列だったのでかろうじて顔を確認できる程度。学年があがると順番に前の方になるそうです。そして着物や袴も、中一や中2は、いかにも舞台用に縫ったようなテラテラした生地の着物でしたが、学年ごとにランクアップするようですし、この文化祭で引退することになる高校3年生にいたっては、クラブで保管してある着物ではなく、自分の好きものをちゃんとレンタルしてもらえるそうで見るからに華やかでした。本人もいつかは私も高三の先輩のようになるんだと思っているみたいで本当にお琴に関しては熱心です。この中学に筝曲部があって本当によかった。こんなにも好きなことが見つかって。高三になって、あの晴れ姿を見ると泣いちゃうかもと随分先のことを考えたりしました。
文化祭は本当に盛大で、やはり私学ならではと思います。受験する時もこの文化祭を見に行ったことで俄然久美子もやる気になったようなところもありましたし。楽しい文化祭でした。

京都観光
どこかへ出かけたいなあ、どこがいいかなあと常々考えていました。まっさきに思いついたのはディズニーランド。クリスマスバージョンのディズニーランドに行けばきっと幸せな気分に思いっきり浸れるだろうなあと。でもどうしても時間的に無理、それに予算もかかるしと泣く泣く断念。
そして次に思いついたのが、宝塚歌劇。あの華やかなステージはまさに夢の中、日常を忘れさせてくれるに違いない!と。宝塚はすぐそこだし、東京行きに比べればチケット代なんて楽勝。それで久美子に「宝塚へいかない?」って誘ってみました。答えは「イヤ」と一言。久美子は宝塚を見たことないんですけどねえ、あっさり断れてしまいました。その時、「清水の舞台が見てみたいから、京都なら行ってもいいよ」と。ちょうど紅葉の時期だし、京都で紅葉狩りもいいなあ、うん、これに決まり。というわけで、久しぶりに部活も休みだった15日の土曜日に久美子と二人京都へ出かけてきました。

まず最初に行ったのは、東福寺。ここの通天橋から見る紅葉は本当に見事なので私のお気に入りの紅葉スポットです。ちょうど土曜日ということもあって団体旅行の人も多く、大変な人出でした。紅葉は赤さが足らず見ごろにはまだまだでちょっぴり残念。30分ほどでそこを後にし、京阪電車で五条へ向かいました。

駅を出てすぐが五条大橋。そこから五条坂、茶碗坂を歩いて清水寺へ。茶碗坂は瀬戸物のお店がたくさん並んでいます。瀬戸物の小さな可愛い人形もあって、見ているだけでとても和みます。大勢の観光客の流れにのって清水寺へ。旗を掲げたバスガイドさんと団体のお客さんの間をすり抜けるようにして、清水の舞台へ。久美子がここに来たがったのはもちろん、「清水の舞台から飛び降りたつもりで」の本場が見たかったから。ちょっとした決心の時にこの言葉を使っていたのに実際は高さがかなりあって久美子は少し驚いたようです。紅葉の方はこちらもやはりまだ早すぎたなという感じでした。しばらく境内を散策し、観光の定番、三年坂、二年坂をとおって高台寺、八坂神社の方に抜けることにしました。
道の両脇のたくさんのお店にも人がいっぱい。お土産屋さんを覗くと旅行気分が味わえて楽しいですよね。三年坂に「かさぎや」というおはぎのおいしい有名なお店があるのですが、順番待ちの長い列ができてました。いかにも京都というスポットで写真を撮りたかったのですが久美子が嫌がる、嫌がる。写真に撮られるの恥ずかしくなったんでしょうか。確かに人が多くてタイミングも難しかったですからあっさり断念。もう少し空いてる時にきて撮ります。

京都らしい道をずんずんと進んでいき、四条から河原町にでました。久しぶりにこんなに大勢の人を見たなあと思いながら遅い遅い昼食を取ろうとお店を探しましたが、どこもかしこも混雑していてだめ。久美子の空腹がピークで、もう待ったなし。とりあえずマクドナルドに入りました。なんで京都まで来てマクド食べてるのかなあ。久美子は和食全般があまり好きではないから、京都らしい彩の綺麗なお弁当とかは初めから諦めてはいたのですけど。それでももうちょっとなんとか。

腹ごしらえも済んだので、もう少し歩いてみてもよかったけれど久美子はすでにダウン。ま、本当に歩いただけだからね。久美子にしてはよく頑張ったほうでしょう。ということで、阪急電車に乗って帰宅の途につきました。帰りはふたりとも爆睡。ちょうどシーズンだし、そのうえ土曜日だし混雑は予想していましたが、最近、混雑するところは避けてましたからギャップが大きくて確かに疲れました。でも出かけてよかったです、また一緒に出かけてほしいな。今度は見たいと行っていた金閣寺も連れて行ってあげるし、お昼を食べるところを早めに確保するからね。

12月31日(水)大忙し
まだ用事が山のように残っているのですが、夜が明けてもきっと終わらないと思うので今年はこのあたりであきらめないといけないみたいです。こんな年は初めてでした。ま、こんな年もあるでしょう。年々なんか几帳面さが欠けてきてるようでちょっと怖いんですけど。来年の大晦日はもっとゆっくりできたらいいなあ。

今年一番の思い出はやっぱり中学の合格発表かなあ。あの日は本当に嬉しかった。久美子は本当に充実した一年だったと思います。私の一年はとにかく目の前にあることだけをなんとかこなしてきた一年でした。かなりしんどい一年だったように思います。あ〜ぁ、早くいろんなしがらみから解放されたい。これが今の私の本音です。でもこれからの方がもっとしんどくなるんでしょうけど。また来年もとにかく目の前にあることだけをこなして行こうと思います。

今年一年ありがとうございました。来年も細々と日記を続けていこうと思います。