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中国編(2003年12月9日〜12月16日)

12月9日(火)上海だ
さて、中国初出張。香港は行ったことがあるけど、当時はまだ英国統治下だった。今回の出張目的は、公的には「見本市のアテンド」、私的には「上海蟹と青島ビール」。

ジャカルタ朝3時半起床。なんせ、朝6時過ぎの飛行機なので、4時過ぎにアパートを出発する必要がある。眠い。昨夜、9時ごろから寝ようとしたんだけど、寝れるわけも無く、結局2時間ほどしか寝てない。シンガポール経由、上海へ。シンガポールから5時間もかかる。北上するにつれて機内も寒くなってきて、眠れなかった。

上海到着。機内放送では、午後3時現在の気温6度。ジャカルタ出発時が29度だったから、これはきつい。冬服持ってないので、わざわざ、スーツをジャカルタのパサラヤで購入したんだけど、コートがいりそうな予感。空港は超近代的、面白いのは、「台湾」の扱い。香港・マカオとともに、特別扱い。外国でもなく、国内でもないって扱いで、台湾人専用のイミグレカウンターがある。「1つの中国」ですか。

空港出口で元課長の出迎えを受け、タクシーに。このタクシーだけど、面白い。法律で決まっているらしく、運転席はプラスチックのついたてカバーで覆われていて、お金の受け渡しなどは、上の隙間で行う。不便なのだが、タクシー強盗を防ぐためらしい。また、ホテルと同じように、星のランクがある。今回のは2つ星だった。最高は5つ星。何が違うのかって言うと、地理に詳しいとかマナーが良いとかで、試験があるらしい。が、乗るまで星の数はわからないので、あんまり意味無いと思うのだが。
元課長がホテル名を中国語で言う。当然、運転手が聞き返す。で、ホテルの名刺を見せる。これは大変だぞ。言葉が全く通じない。

1時間かけてホテルへ。チェックインした後、6時半に宴会場へ。代理店主催のパーティで(代理店・扱い日本メーカで総勢30人くらいかな)、何料理か忘れた。辛い(四川ではない)。料理が全部、赤い。で、さっそく乾杯の嵐。
ビールに始まり、ショウコウ酒、そして、白酒(バイチュウ)と呼ばれるアルコール度54度の酒。これをストレートだもんな。ショウコウ酒はコップで乾杯だけど、さすがに白酒はお猪口。こんなもん、コップでやったら死ねる。

ほぼ、全滅状態で、ホテルへ帰ったのは2時過ぎだった。明日から見本市だってのに、始まる前から何やってることやら。

12月10日(水)見本市開幕
朝、7時に起床。「う!」臭い。白酒の臭いがプンプン。あわててシャワーを浴びる。ホテルの部屋は暖房が効いていて、非常に心地よい。のだが、シャワーを浴びると、さすがに湯冷めしそうな感じ。かと言って、このまま酒の臭いをプンプンさせたまま展示会に出るわけにも行かず。
8時にロビーに集合。取締役事業部長、取締役製造所長、元営業課長、中国プロジェクト課長、開発課長、中国営業担当者、中国プロジェクト員、で、私。上海駐在員はアパートから別行動なので、これで全員かな。超豪華メンバーだな。でも、全員、目がうつろ。二日酔いです。
ここで、元営業課長が、昨夜、夜中の3時にシャワーを浴びていて、滑って腰を強打したこと判明。とんでもないオッサンだ。死ぬぞ。泥酔状態でのシャワーは厳禁だよ。

展示会場まで、タクシーで1時間。遠いなぁ。会場入りしたら、すでに凄い人出。(後日発表では、約4万人) 客が来る来る。でも、なんともならん。9割が中国人。しかも、こいつら、国際見本市だってのに、英語しゃべれない。オール中国語。全然、わかりません。上海駐在員も、込み言った仕事の話しはできない。日本人9名、ほとんど役に立たず、代理店任せ。

ちなみに、私の知ってる中国語は、「ニーハオ(こんにちわ)」「ツオアン(おはよう)」「ヤオ(要る)」「プー・ヤオ(要らない)」「チントウトウ・ツー・チャオ(どうぞよろしく)」「プー・イーヤン(不公平)」、「メイ・カンシ(関係無い)」など、単語の羅列。ちょっと長いのは、

「シャオチェ、ニー・ピャオ・ラン・ヤ、トウ・サオ・チェン」

意味は秘密。まあ、何の役にも立ちません。

会場内は暖房が効いていることと、人の熱気で暖かいのだが、問題はタバコ。外で吸うんだけど、外気は5度。1分と持たん。さらに問題はトイレ。長蛇の列。尿意を催してから行ってたら間に合わない。定期的に行くことに。
レストランも長蛇の列。幸い、うちのブースは弁当を頼んでたので、こと無きを得たのだが、この弁当、まずくて食えません。明日からは、苦難を乗り越えてでもレストランへ行くことに。

夕方、副社長が合流。邪魔なだけなんだけどなぁ。展示会終了後、ホテルへ帰るのが、また、一苦労。タクシーは長蛇の列で拾えないので、地下鉄で。乗り換え含めて、これも1時間かかる。しかも、ずっと立ちぱっなしだから、辛い辛い。副社長と事業部長は、代理店の用意したベンツで悠々と帰還。

夜は、会社のメンバーだけで、副社長のおごりで日本食。上海の日本料理店はジャカルタの1.5倍(300件)はあるらしく、安くて美味い。この日、ホテルへ帰ったのは12時過ぎ。実は、この1週間の滞在で、一番早い帰宅になるとは、この時点では夢にも思わず・・・・、ちょっとは思ってた。

12月11日(木)見本市会場あれこれ
違法でニセモノのローレックスやモンブランのボールペンを売り歩いているヤツラがいる。展示会場での販売は違法(というか、ニセモノだからどこでも違法)だから、大ぴっらにはできない。いかにも、展示会の見学者って感じでカタログ入れた袋などを持ちながら、外国人を見つけると、ズボンのポケットから、そっと時計を出して「ローレックス」って言う。
1人、警備の警察に捕まってた。しかし、いったい誰が買うんだろうか。値段を聞いたら、400元(\5,200-)。プーヤオって言うと、指3本立ててきた(300元)。これを繰り返すと、100元(1300円)まで下がった。けど、要らない。10元(130円)って紙に書いて見せたら、どっか行ってしまった。

しかし、会場にいる中国人って、中国語が世界共通語だと思ってるか、世界の言語には中国語以外は無いと思っているか、どっちかだと思うほど、中国語しかしゃべらない。中国メーカのブースに行ってカタログもらおうと思っても、言葉が通じない。
笑ったのは、外でカップヌードルを食べてるインドネシア人(うちの客)に、中国人が数人、しゃべりかけているのを見た時。もちろん、中国語で。あのなぁ、どっからどう見たって、肌の色が違うだろ。当然、インドネシア人、チンプンカンプン。たぶん、どこで売っているのか聞きたかったんだろうけど。

あれやこれやで、展示会2日目終了。今晩は、またまた、代理店主催のパーティ。今度は上海料理だってんで、上海蟹を期待。でも、うちの副社長が蟹嫌いだって言ったから、出てこず(-_-)。しかも、例によって例のごとく、乾杯の嵐。

2件目は、クラブへ。このクラブの話しは、また今度。ホテルへ帰ったのは、午前3時だった。よく意識があったものだ。

12月12日(金)日本村
寒い。今日の最低気温、0度。たまらんなぁ。

展示会場では、二日酔いのため、みんな立ってるのがやっとの状態。仕事にならん。だいたい、副社長を含めて、なんで10名も上海に来てるのか、よくわからん。私なんか、慰安旅行って感じだもんなぁ。

今晩は、副社長が日本に帰ったので、日本人9名でホテルの向かいの日本料理店へ。で、何考えてるのか知らんけど、いきなり、飲み放題・食べ放題を注文(約1800円/人)。確かに安いけど。
ここで、焼酎のロックをしこたま飲む。日本酒熱燗を飲んでる人やビールで通している人など、さまざま。共通点は、みんなロレツが回らなくなっていることくらい。

この後、6人で昨日行ったクラブへ。(事業部長と製造所長は、代理店の2次会へ合流。中国P課長は飲めないので、ホテルへ直行)。

このクラブのある場所が「日本村」。これは通称じゃなくて、「日本村」とネオンで大きく書かれているビル。日本料理店や日本人用クラブが林立している。タクシーの運チャンに紙に「日本村」って書くと、問題無く連れて行ってくれる。

まあ、クラブってのは、新地や銀座といっしょで、女の子が横に座って、会話したり歌ったりしながら、飲む場所。インドネシアのカラオケといっしょ。インドネシアと違うのは、女の子が日本語をしゃべること。
でも、寒いからって、コート着て横に座られてもなぁ。ここは日本人相手らしく、チップ込み料金で、明朗会計。ボトル1本入れて、5500円くらい/1人だった。

で、結局、ホテルへ帰ったのは、午前2時。会社のメンバーだけで飲む日まで午前様やってるってのは、どう考えても間違ってる。

12月13日(土)展示会最終日
朝、ホテルのレストランへ朝食を食べに来るメンバーが日に日に減ってきた。私は、グレープフルーツジュースを飲むだけだけど。とにかく、眠いし、味覚も麻痺してる。頭の中に白いモヤがかかってる。

今日は最終日なので、午前でお終い。3日半で10万人を越える人出だったらしい。後片付けして3時ごろホテルへ帰る。今回、初めて、時間が取れたのでテレビを見る。

いいなぁ。NHKのBS1とBS2が映る。しかもカット無し。インドネシアなどでは、NHKの海外向け放送(NHK WORLD )なので、しょっちゅう、「放映権の関係で、画像はお見せできません」ってテロップが出るのに。ここは、全く関係無し。やっぱり上海駐在員が一番恵まれてるぞ。

さて、問題の夜。今晩は、代理店主催の打ち上げと、日本商社(小商社)からのお誘いが重なったため、2班に別れて行動。私は日本商社組みへ。

ついに、念願の上海蟹を食べた・・・・・・、全然、大したこと無い。単なる、渡り蟹じゃん。絶対に日本のズワイやタラバ蟹の方が美味しいよ。青島ビールは美味しかったけど。

この後、日本商社の社長さんが、「上海で最高のクラブへ連れて行ってやる」って、連れていかれたところが、金持ちの中国人用のクラブ。あんた、女の子が中国語しかしゃべらんところへ連れていかれても。半分、寝てた。で、帰り際に社長さん、「店の金は払うから、女の子のチップ払って。」

1人、300元(3900円)。 私の出張手当1日分より高い。寝てただけなのに(-_-)。今日は昨日より早く、午前1時にホテルへ帰還。

12月14日(日)休み
日曜日で完全休養日。寝てた。腰を強打した元営業課長は、病院へ。結果は、3週間ほど様子を見て、それでも痛みが引かなければ、もう一度病院へ、って言うわけわからん診断。(後日談、18日に帰国した元課長は、日本の病院で精密検査を受けた結果、背骨の圧迫骨折で、全治3ヶ月の診断。2週間は安静が必要とのことで、入院してしまった。よくもまあ10日間も、上海で仕事してたもんだ。)。

昼ご飯を食べに、ホテルの日本料理店へ降りて行くと、3人うちのメンバーがいた。天ぷらソバの美味かったこと。800円くらいしたけど。

その後、部屋で、市立船橋 VS 横浜Fマリノスを観る。もうちょっとで勝てたのになぁ。昼寝できそうになかったので、ちょっとくらいは市内を観光しようかと思って、ホテルの外へ。即、引き返す。寒いわ。

7時にロビーに集合して、またまた、向かいの日本料理店へ。で、またまた、当然のごとく、飲み放題・食べ放題。何やってんだかなぁ。で、またまた、当然のごとく、こりもせずに「日本村」へ。製造所長が、お気に入りの「安奈ちゃん」の前で、甲斐バンドの「安奈」を熱唱。元課長は、「浪花節だよ、人生は」(^.^)。
店の女の子達、綺麗だし日本語できるし、他に仕事あるだろうと思うんだけどなぁ。彼女達が言うには、仕事が面白いんだって。給料も良いし。こんな酔っ払い集団の相手して、何が面白いのかよくわからんが。ま、確かに、給料は高いみたいだけど。

今日は2時でした。

12月15日(月)何しに来たのか
今日は代理店との打ち合わせ。この打ち合わせに「お前も出ろ」と言われて、帰国を明日にしたんだよな。昨日、帰っても何の問題もなかったのに。

で、朝、指示が。「空港へ技術屋さんを出迎えに行ってくれ。」

「はぁ?」である。代理店の運転手と空港へ向かう。なんで、ジャカルタから来て、こんなことやってるのやら。結局、打ち合わせは開かれなかったらしい。代理店のメンバーも半死半生状態だもんな。

別件で来た技術屋さんをホテルへチェックインさせた後、今回、初めて昼寝した。1時間ほどだけど。夕方5時ごろシャワーを浴びる・・・・おぉぉぉ。両太ももの内側に、ブツブツブツと湿疹が見る見る出てきた。蕁麻疹?? 疲れもピークなんだろうな。このまま病院行きかと思ったが、幸い痒くなかったので、無視(^.^)。

最後の晩餐は、代理店主催の「さよならパーティ」。上海料理店で、当方7名+代理店14名。この構成を知った時点で、覚悟を決める。アヒルの舌とかを食べながら、とにかく、飲んだ。3件目の途中から記憶があいまい。ホテルへ何時にどうやって戻ったのか覚えてない。

12月16日(火)帰る
1人、みんなとは別のフライトでジャカルタへ帰還。昼1時頃のシンガポール航空。とにかく、二日酔いというか1週間酔いというか、気分が悪い。40歳を越えての午前様7連チャンはきついわ、やっぱり。

ホテルからタクシーで空港へ行って、チェックインしようと並んでいると、シンガポール航空の地上職員が英語で、チェックイン前に熱が無い証明書をもらって来い、と。
空港の一角に、熱の有無をチェックするコーナーがあり、そこで、熱が無いという証明書をもらう。これが無いと、飛行機に乗せてくれないのである。もちろん、SARS対策。まあ、この寒い中、よく風邪をひかなかったものだ。風邪ひいて、熱でも出てたら、出国できないとこだった。

で、この飛行機が最悪。席の近くにインド人の集団がいて(7・8名)、こいつらがもう宴会騒ぎ。ブランデーやウィスキーをストレートでがぶがぶ飲んで、ワイワイ・ガヤガヤ。しまいには、席を立って、通路で歌って踊り出すやつまでいた。
スチュワーデスが何度か止めに来たが、そのスチュワーデスを口説き始めるんだもんなぁ。ついていけんわ。

シンガポール経由で夜10時過ぎ、ジャカルタのアパートに無事帰還。部屋の温度は29度。直ぐにシャワー浴びて、クーラーつけっぱなしで寝た。

翌朝、風邪ひいていた(-_-)。

お終い。