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インドネシア(モバイル編)
(2000年5月25日〜6月17日)

5月25日(木)無事到着
さて、約10ヶ月ぶりの海外出張である。今回は、すでに宣言しているとおり、インドネシアからモバイル更新を行う。今、皆さんがこれを読めていたら大成功である。

朝8時に家を出て、さっきJAKARTAのホテルにチェックインしたのが現地時間の夜8時(日本時間10時)。メルカトル図法だと、地球は南北の距離が短く感じられるが、実際は丸いので、シンガポールやインドネシアってのは結構遠い。それに、だいたい関空が遠い。昔は大阪空港(伊丹)だったから、自宅から車で20分くらいだったのに、今は2時間かかる。

さっき、自宅と会社にメールを入れた。ローミングは2度目で成功。1回目はモデムの通信速度を日本と同じ、最高115,200bpsにしてたので接続できなかった。最高速度を38,600bpsまで落として成功。実通信速度は28,800bpsだった。遅い、自分のホームページが重い。
今日は眠いので、これだけ(松本さんのJSLASH日記も同時アップ)。明日は、モバイル環境と注意点なんかを書く予定。

5月26日(金)通信環境
遅い。とにかく遅い。通信速度は28,800bpsと言っても、「もってけ泥棒」をダウンロードしてチェックしてみると、1.3KB/秒〜1.8KB/秒である(転送効率が50%以下だ)。しかも、なかなか繋がらない。ここインドネシアでもインターネット人口は急増しているが、回線の増強が全く追いついていない状態らしい。昨日、このページをFTPするのに10回はトライした。テレホタイムなんかないので、こっちでは夜の7時頃から11時頃がネット利用のピークになるようである。
モバイルで注意が必要なのが、日本では当然である「トーンを待ってからダイヤル」に設定してると、一生ダイヤルしないことである。交換器の関係だろうけど、ホテルでは「トーン」が帰ってこないので、この設定のチェックを外しておく必要がある。それと、電話線の延長コード(5メートル)が役に立った。電話機がベッドの枕もとにあり、そこから電源のある机までが部屋の対角線上で4メートルはある。海外モバイルが成功するかどうかは、スキルより事前の準備だね。ローミングは海外に出る前に日本でもテストは可能であり、設定に絶対の自信を持ってから行かないと、うまくいかないからといって設定をいじくりまわす用になると泥沼に陥るよ。
で、NIFTYやBIGLOBE,SO-NETといった大手プロバイダーと地方の弱小プロバイダーの違いに、このローミングサービスがあるかどうかってのもある。海外ローミングサービスが無いと、高い金出して、海外から日本に国際電話しなきゃなんないんだもんな。まあ、そこまでしてモバイルするやつもいないだろうけどね。

まあネットの話はこれくらいで他の話も少し。昨日のフライトはシンガポール航空だったんだが、その機内で映画「アメリカン・ビューティ」(日本語吹き替え版)を観た。おもしろいよ、これ。まるで、8年後の我が家を見るようだった(^_^;)。他に、「グリーンマイル」もやってたんだけど、こっちは英語だけだったのでパス。情けないけど、私の英語力では映画は無理だ。

5月27日(土)駐在
今日は朝から、不動産屋へ行ってきた。もしかしたらインドネシアに駐在することになるかもしれないので、そのチェックである。日本人が安全に住むことのできる地域はJAKARTAでも限られており、でっかい家の並ぶ高級住宅街である。どの物件も家具付きで$2,000-から$2,500-/月の家賃である。だいたい100坪くらいの土地に2階建ての家で、プールのついているものもある。最近は希望者が少ないので、敷金や礼金は要らない物件が多い。次にホテルアパートメントをチェック。代理店の近くにある古いホテルで、1階には日本料理店がある。3LDKの家具付き部屋で$1,500-/月。住人も宿泊客も99%は日本人だ。セキュリティを考えるとこっちの方が便利だ。一生に一度くらい100坪の家に住んでみたい気もするけど、一軒家の場合、門番やお手伝いさんなど余分な自己負担経費がかなりかかる。プールなんてついてたら水道代が半端じゃすまないもんな。新しいコンドミニアム(マンションみたいなの)だと、同規模の部屋で$2,500-から$3,000-/月はかかる。どこも日本人学校のスクールバスの送迎コースに面しているが、もし駐在することになったら嫁さんや久美子はついてくるんだろうか。嫁さんはインドネシアのことを、「病原菌だらけの熱帯雨林で暴動ばっかり起こってる国」ってイメージで見てるもんな。

だいたい駐在を検討するとか言いながら、任期もなにも明文化されたもんがないんだもんな、うちの会社は。まあ、駐在すると所得税などでかなりの会社負担がかかるので、従来どおりの短期出張の繰り返しになるんだろうけどね。とりあえずは指示がでてるので、単身赴任の場合、家族帯同の場合、それと短期出張の繰り返しの場合の費用比較表をつくらなきゃなんない。しかし、なんでこんなことまで営業の私がやんなきゃなんないんだ。ったく、うちの管理部とか総務ってのは、ほんとうに何の役にもたたんところだ。

昼からはホテルの部屋でNHKでサッカー見ながらJNETHACK。それと、昨日までのレポートにちょっと写真をアップしてみた。
おまけだけど、shingeさんから「感動した」というメール(?)が来たのでアップします。誰が作ったのかな?「モナリザの微笑」うまくアップできたかな。最初見たときは、何なんだこの文字化けはと思った(^_^;)。

5月28日(日)ホテルアパートメント
元東京商船の人が脱サラで経営しているホテルアパートメントに試しで2泊することになった。朝・夕食付き(日本食)で$50-/日。部屋は2LDKで広いし日本の民放のビデオプログラムなんかもあって日本人が住むには良い環境なんだけど、電話が旧式でオペレーターを通さないと市内通話もできない。つまりインターネットができない。長期(1年)契約すると、別途費用がかかるが、国際電話も可能な直通ラインを2本まで入れることができるんだけどね。長期滞在者は、1本をFAX、もう1本を電話とインターネット用に利用しているようだ。ということで、この2日間はメールもホームページ更新もできない。この文章がアップされるのは少なくとも30日以降となる。部屋から見た景色。

今朝までの3泊4日で、インターネットなどの市内電話代が約2千円(ホテルの場合、かなり高いんだよな)。ちょっと遊びすぎた。全部会社に請求するけど、ネットサーフィンはほどほどにしないと、うるさい管理部に怒られちゃう。

5月29日(月)カラオケ
例によって例のごとく、取引先のおじさんたち(2人)とカラオケ(クラブ)へ。で、いきなり歌えと言われて流れてきたのが♪さ〜らば、ラバウルよ・・・♪、おい(^_^;)。で、次にインドネシアの女の子がリクエストした曲が「GOLD FINGER 1999」。最初、何だこれは、こんな曲しらんぞと思っていたら、♪アーチーチー、アーチーチ・・・♪だった。HIROMI GO、インドネシアでも有名ですよ。なんやかやで、割り勘して帰ってきた。ボトルはおじさんが置いていたので、一人20万ルピア。店の女の子の1ヶ月分の給料だよ。

5月30日(火)SURABAYAへ移動
二日酔いで4件の客先を訪問して、夕方5時のフライトでJAKARTAからSURABAYAへ移動。1時間15分のフライトなんだけど、カミナリで怖かった怖かった。飛行機から見た雲の中のカミナリってマジで怖いよ。あんなんが飛行機にあたったらどうなるんだろうか。
代理店の兄ちゃんが迎えにきてたので、そのまま寿司を食いに行って、夜8時にホテルにチェックイン。2日ぶりにメールチェックしたら、NETHACKへのアドバイスが2件着ていた。う〜ん、残念ながら、ネットできなかった間にすでに死んじゃってました(^_^;)。久美子からは、ゼルムジュで行き詰まっているらしくSOSメールが。インターネットで攻略ページを探して、調べて欲しいと。

会社からは、受注の督促が(-_-メ)。

5月31日(水)お尻におできができた
今日も夕方の飛行機で移動。SEMARANGってとこなんだけど、ここにはローミングできるプロバイダーがない。仕方ないのでJAKARTAまで電話して接続。ちょっと余分に経費がかかるけど、これも全部、会社にメールを送るためですから(^_^;)。
昨日のSURABAYAの電話事情は最低で、転送効率が20%程度だった。メール3通とHTMLファイル5枚をFTPするだけで30分もかかった。しかし、電話代はたったの50円。電話機からモジュラージャックがはずれないようになってたので、壁に繋いであった元線の方をドライバーを使ってこじ開けて接続した。発展途上国の地方でのモバイルは大変だ。

おしりが痛い。おできができた。もしかしたら虫さされかもしれないけど、腫れて熱を持ってきた。しかも、太ももの付け根には「グリグリ」ができている。

6月1日(木)祭日
今日はイスラムの休日でお休み。インドネシアは人口の90%がイスラム教徒だけど、憲法では全ての宗教は平等とされているため、イスラム教の休日だけでなくキリスト教と仏教の休日もある。さすがに、ユダヤ教や神道はないけど。地方に出てる時にこういう休みがあると、やることが無い。代理店の兄ちゃんたちは家族サービスで忙しいので呼びつけるわけにもいかないし、とにかく行くところがない。
午前中は仕事のレポートを書いて、LZHに圧縮してメールで送信。昼飯はホテルのプールで泳いだ後に、プールサイドでサンドウィッチとビール。今、昼の1時、これから昼寝する。至福の時だね、クーラーの効いてる部屋で昼寝するっていうのは。

昼寝してたら3時ごろ、会社からの電話で起こされた(-_-メ)。覚えてろよ金築、くだらんことで電話してきやがって。

6月2日(金)パンツが無い
今日は客先訪問後、車で2時間かけてSOLOへ移動。これだけ移動が頻繁にあると、困ったことが発生する。下着である。洗濯してる時間が無いのである。ホテルで頼むと翌日の昼以降になるので、チェックアウトに間に合わない。かと言って、自分で洗濯すると、翌朝までに乾かない。
いつも出張する時は、穿いているものを除いて5枚(計6枚)のパンツを持ってくるのだが、今週は移動の連続だったため、あと1枚しかない。今日、穿き替えたらお終いである。そして、明日もまた移動。つまり、明日の夜、穿き替えるパンツが無い。困った。さすがの私も、これだけは二日続けて穿くことはできない。とにかく暑い国なので汗をかく、気持ちが悪いし、何よりも痒くなったら最低である(^_^;)。

という事で、今から近くのスーパーにパンツ買いに行って来ます。

6月3日(土)忘れ物
疲れた。今、夜の11時半を回ったところ。今日の夕方5時の飛行機でJAKARTAへ移動し、空港から直接、代理店の運転手の運転する車(社長の車を借りたからボルボだよ)で3時間半かけてBANDUNGに移動。10時ごろチェックインして飯食ってシャワー浴びたところ。しかし、この1週間で5都市を訪問した。なんか、森総理の欧州駆け足訪問みたい。これは、労多くして実が少ない。ほんと疲れた。寝る。

寝ようと思ったらパジャマをSOLOのホテルに忘れてきたことに気づいた。もう1着持ってきてるけど、嫁さんに怒られるから、SOLOのホテルに電話しようっと。で、電話したら、あった。そのまま月曜日まで置いといてもらうことにした。代理店の兄ちゃんに取りに行ってもらって、BANDUNGの事務所まで送付してもらおう。

とにかく、今日は疲れたのでFTPは明日。

6月4日(日)課長が来る
今回の出張の最大の目的は、ここBANDUNGで6月7日から11日まで開かれる関連業界の展示会での客先アテンドなんだが、この展示会のアテンドにうちの課長も来ることになった。6日にBANDUNG入りするらしい。私が出国する前から行くとは言ってたけど、日本のとある代理店が手形のジャンプ(支払い猶予)を言ってきてたので、どうなるかわからなかった。だが、やっぱり来るとのこと。どうも日本に居たくないらしい。そらそうだろ、手形のジャンプを要請してくるってのは、もう最終段階であり、倒産するのは時間の問題である。またまた数千万円の損失だ。別のところの倒産で2年前に7千万円損失だしてるので、今度やったら課長は降格の可能性もある。かと言って、日本で悩んでいたって仕方ないもんな。

で、おっちゃんが来るのはどうってことないんだが、16日(17日関空着)までこっちに居ると言っている。私の当初の帰国予定は13日の便(14日関空着)だったのに、自分の上司を置いて1人で帰るわけにもいかないので、必然的に私の帰国も延長せざるを得ない。ほんとうに迷惑な話だ。

6月5日(月)オデキが治ったとたんに・・・・
お尻のオデキは何とか治った。オデキが治ると同時に、足の付け根のグリグリも消えた。んだが、今度は手の指に湿疹ができた。痒い、痒い。今朝も4時ごろ、あまりの痒さに目が覚めた。手の指に水イボのような小さな水泡がたくさんできて、掻くとつぶれるんだが次から次へとできるのできりが無い。ったく、痒みというのは、我慢しかねるものがある。いっそのこと痛いほうが良いので、力一杯掻き毟っていると指がキズだらけになった。日本で使ってる難治性湿疹の塗り薬を持ってきているので、それを塗っているがあんまり効いてない感じ。
もう2・3日、様子を見て、治らないようなら医者へ行こう(医者と言っても町医者ではなく、日系企業の専属ドクターに見てもらうんだけどね)。

今回の出張はロクなことが無い。

6月6日(火)地震
スマトラ島で大地震があり、死者もかなりでているようだ。が、ここジャワ島では、ほとんど話題になっていない。まあ、北海道に住んでいる人が、沖縄の地震を心配するようなもんだから。それくらい、遠いところの出来事である。ラッシャーさん、心配メールありがとうございました。私は、この地震のニュースを朝日新聞のホームページで知ったんです。今、泊まってるホテルはNHKが映らないし、日本の新聞も売ってないので、インターネットだけが情報源です。

さて、手の指にできた水泡だが、嫁さんからのメールによると「手足口病」ではないかとのこと。変な名前だが、手や足、口のまわりに水泡ができる病気で、今、久美子の学校でも流行っているらしい。1週間ほどで治るとのこと。

さっき、うちの課長と合流。日本の代理店の手形のジャンプのことが心配らしい。けど、上から出張中止命令が出なかったから来たんだって。確かに心配だろう。留守の間になにかあったら、全部責任をなすりつけられるもんな。そんな常務や部長だから。

6月7日(水)凄いぞ課長
昨夜は、さっそく課長と2人でカラオケへ。午前様になったので、今朝はしんどい。食欲も無いので、朝飯はフルーツとジュースだけ食べてたら、横で課長はナシゴレン(焼き飯)を食べていた。この人のバイタリティは凄い。さすがに、誰も成り手のない(というか希望者がいない)営業課長を長年やっているだけのことはある。

展示会は盛況なんだけど、会場の空調が悪く昼間は40度近くまで室内温度が上がり完全にグロッキー。代理店の若い兄ちゃんに車を出してもらい、昼飯を食いに外のホテルへエスケープ。日本料理店で生ビール飲んでざるそばを食って休憩。課長は、鍋焼きうどんとご飯を食べていた。うむ。夜は代理店のパーティで中華料理なのに、そんなに食べて平気なんだろうか。

6月8日(木)パーティー
昨日の夜は代理店主催のパーティー。代理店の扱いメーカばかりで、総勢25名。日本、イタリア、ドイツ、スペイン、インド、韓国、シンガポールそしてインドネシアと8カ国の人が集まって中華料理。酒は、ヘネシーXOとレミーマルタンXO。超高級ブランデーだ。さすがにほぼ全員が英語をしゃべる。やっぱ、英語は世界の共通語だ。3つのテーブルに別れて座ったのだが、シンガポール人の強い要求により、禁煙席と喫煙席に別れることになった。約2/3が禁煙組。喫煙組は、日本人以外では、イタリア人の兄ちゃんとインド人のおじさんの2人だけだった。イタリア人の兄ちゃんは、上手に箸を使っていた。イタリアで最も有名な日本人は、やっぱりサッカーの中田だそうだ。インド人のおじさんは、箸が使えないのでスプーンとフォークで食べていた。なぜか話題は、各国の失業率。なんでこんな話題になったんだろうか。課長は相変わらず、よく食べていた。スープがおいしいと言って、その出しガラの魚や肉まで食べていた。うまいと言っていたが、他の人たちは誰も口をつけなかった。私も。

今日は展示会場でインド系客先のインド人から1時間近く苦情を聞かされた。品質、価格、納期、サービス全部に渡って。こいつらインド人ってのは、人の顔を見たら文句ばっかり言いやがって。イヤならうちの製品を使うな。って言ってやろうかと思ったが、課長がいたので止めた。

6月9日(金)タバコを買いに行く
ちょっと時間ができたので、展示会の写真パーティーの写真をアップ。

そろそろ、肉体的に限界に近づきつつある。とにかく暑いので、朝ホテルでトイレに行ってから、夕方6時過ぎにホテルに帰ってくるまで、全くトイレに行く必要がない。全部、汗になる。指の痒みが引かないので、代理店のボスに相談したら、医者なんか行く必要がなく、薬局で薬を買えば良いと言われて薬局へ。で、インドネシア語の「痒い」という単語がわからないので、薬局のおばちゃんにボディーランゲージ。指を見せて手で掻き毟るポーズ。通じるものだね。オロナインのような薬をくれた。日本円にすると90円だった。あまりにも安くて不安なので、帰ってきてから課長に「何か薬持ってきてないですか?」って聞いたら、「水虫の薬やったらあるで。」。そんなもん、要らん。

課長から、ついでにタバコを1カートン買ってきてくれと言われたので、店を探して買いに行ったのだが、これがまた苦労した。JAKARTAなら、1カートン単位で売ってるのだが、こっちでは田舎なので、カートンなんかで売ってない。しかも、タバコはマルボロがインドネシアで生産しているものでさえ、1箱4,500ルピアする。日本円だと50円くらいなんだが、こっちの貨幣感覚では、3〜4千円なので、そんな高価なものをまとめて買うような人はいない。店でも1本づつバラで売っていたりする。だから、店にはたいてい数箱しか置いてないのである。結局、3件の店をまわって何とか7箱買えた。

さて、今日はこれから、日系企業の人を接待です。あぁしんど。

6月10日(土)悲惨な状態
昨晩はホテルに戻って来たのが2時だった。で、そのままバタンキューで寝たのだが、2時間ほど寝ただけで、あまりの寒さに目が覚めた。クーラーが付けっぱなしの上に、飲みに行く前にシャワーを浴びた時に、急速冷房するため設定温度を15度にしていたのである。見事に風邪をひいた。

しんどい。寝不足の上に風邪である。しかも、指の痒みが引かない。やっぱり90円の薬だとだめなのかな。ずっと痒いわけじゃなく、時々痒くなる。痒くなると、展示会場のブースに置いてある冷蔵庫の冷凍のところに手を入れて冷やすと痒みがおさまる。冷凍麻酔みたいなもんですな。さらに、疲れと酒の飲みすぎから、左眼の下に大きなニキビというかできものができた。疲れがたまるとよくできるのだが、いつもの場所とちょっと違うところにできた。瞬きすると痛い。バンドエイドを貼って会場に行ったら、会う客全てから、「どうした? 女の子と何かあったのか?」と言われた。なぜ、怪我したのか?と聞かないのか。

疲れきった顔の日本人が、インドネシアで風邪薬を飲みながら、顔にバンドエイドを貼って、冷蔵庫に手を突っ込んでいる姿を想像してみてください。悲惨だ。

6月11日(日)やっと終わった
今日で展示会がやっと終わった。休み無しだもんな。きついきつい。これから代理店と打ち上げ。
さて風邪はルルで治ったのだが、手の湿疹と顔のおできが全然治らない。特に手が痒くて仕事に集中できない。代理店の兄ちゃんたちに、漆かなんかにかぶれたんじゃないかと言われた。今日、ブースに来た日系企業の人に聞いたが、企業専属の医者っていうのは、どこも内科だけのようだ。そらまぁ、皮膚科なんて専属で雇っていたって経費倒れだもんな。ということで、明日、ローカルの病院に行くことにした。さてさてどうなることやら。

6月12日(月)医者へ行ってきた
昨日の晩の打ち上げは、代理店の社長の自宅であったのだが、敷地約400坪、2階建ての豪邸があって1階はリビングというかパーティルームというか、それだけで100坪以上ある。カラオケルームはあるは、カウンター式のバーはあるは、中庭に面しており、そこでバーベキューパーティー。メイドさんだけで12名だもん。ほとんど、ちびまるこちゃんに出てくる花輪君の家だよ。

今日の客先訪問は課長にまかせて、病院に行ってきた。BANDUNGで一番大きな総合病院で、皮膚科の専門医がいる。結局、手の湿疹は手を使って何か食べた時に、ソースや調味料、あるいはカニやエビなどの何かにアレルギー反応を起こしたものだろうとのこと。そう言われると、2日の夜にSOLOでシーフードレストランでカニの茹でたのと、エビの塩焼きを手で剥きながら食べたのを思い出した。この医者(女医)なかなかやる。
目の下のできものは、放っておくとつぶれた時に、ばい菌が入ると危ないということで、切開手術をして膿みと芯を除去した。局部麻酔を2本打って、たかがオデキで大げさなことになった。今、左眼の下に大きな脱脂綿をテープで貼り付けている。飲み薬4種(化膿止めやアレルギーを押さえる薬など)と塗り薬2種をもらった。もちろん、2日間、アルコールは厳禁。この暑いのにビールを飲めないというのは、最大の苦痛・苦行である。

インドネシアには健康保険制度のようなものはなく、外国人でもインドネシア人でも料金(治療代)は同じである。今日、支払ったのは約45万ルピア(5千円)、こっちの人の給料1ヶ月分に相当する。金持ちしか医者へは行けない。風邪や腹痛では、絶対に医者など行かないって、代理店の兄ちゃん達も言ってもんな。

6月13日(火)インドネシアの状況
さて病気の話ばかり書いていてもおもしろくないので、インドネシアの情勢について。ちょっとまじめな話。

スハルト長期独裁体制崩壊後、ハビビを経て今のワヒド大統領なのだが、この政権交代により何が変わったか。はっきり言って、ほとんど何も変わってない。スハルトの悪口を公然と言えるようになっただけで、他はろくなことがない。失業率は30%を越えており、IMF傘下になったため、電力料金の大幅値上げ(80%アップ)など物価は、賃金の上昇率以上にアップしており、国民の暮らしはどんどん苦しくなっている。軍のにらみが効かなくなったことにより労働争議や学生のデモも日常化しており、経済はマルコス後のアキノ政権でフィリピン経済が疲弊したのと同じく、民主主義を得た代償に自分の暮らしを犠牲にしたようなものだ。残念ながら、この民主主義の喜びというのは、大多数の国民には関係の無いことであり、いつ大暴動が再び起こってもおかしくないといわれている。特に、8月にはスハルト一族の不正蓄財に関する今後の対応が決定すると言われており、これでもし、財産の没収など国民の期待する結果どおりにならなければ、ちょっとヤバイことになるんじゃないかな。

上から下まで、ワイロ体質は今までどおりだし、450万人もの子供が学校に行っていない。義務教育は無料なのだが、自分の食い扶持を稼がなければならないのである。子供たちが、朝早くから道でモノを売っている。乞食の多くは、身体障害者である。世の中、なんか間違っている。と憤りつつ、何もできない、と言うか、何もしない自分がここにいる。ただ、この国は常夏であり、バナナなど食料は豊富なので、餓死する人はほとんどいない。これがせめてもの救いである。

6月14日(水)課長激怒、私もちょっと怒ってる
昨日、JAKARTAに戻って来て常宿に泊まったんだけど、最近客数が多いようでサービスがいいかげんになってきた。スタンダードルームを取っていたのだが、いっぱいだったのでホテルのサービスで1泊だけデラックスルームに泊まった(ここまでは良い)。しかし、その時ホテルから何の説明もなかったため予定の3泊ともこの部屋だと思っていたら、今日になって別のスタンダードの部屋へ移ってくれと言ってきた。荷物をひろげているし面倒くさいので、何とかサービスで後2泊させてくれと頼んだがダメというので仕方なく部屋を移った。私は、文句は言うけど、相手に理があれば(私はスタンダードの料金しか払わないので)納得して従うほうなのだが、うちの課長は違う。
昨日、泊まる時にそんな話は無かったとして、絶対に部屋を移らないとホテルと大喧嘩である。血の気の多い人だ。15分くらいホテルのマネージャーと揉めていて、結局、部屋を移ることになったのだが、今度は呼んだベルボーイ(スーツケースなどの荷物を運ぶ人)が、10分経っても来ないと、またまたフロントで大喧嘩である。両手を上にしてオーバーアクションで英語で「YOU ARA CERZY!!!」と怒鳴りまくっていた。その光景を私は、笑いながらロビーでコーヒーを飲みながら見ていた。最終的には、ホテルの言うととおりにしなくちゃならないんだから、怒るだけ損なのに。

課長の激怒には伏線があって、とある客先で品質不良のクレームがあって、全数代品との交換を受けたことに対して、製造所の海外を知らないバカ課長どもが、「営業で説得して使ってもらえ、何のための営業なんだ。」なんて言ってきたもんだから、朝から激怒状態だったのである。この連絡には、さすがの私も怒り心頭になり、会社に「私はいくらでも滞在を延長するので、すぐにでも製造所のバカ課長2人にこっちにこいと言ってくれ。」と連絡しようとして、メールを書いて原稿をうちの課長に見せたのだが止められた。怒りながらも、自分のポジションを考えている。やっぱベテラン課長、えらいねぇ。日本に電話して説得してた。

ところで、もう一つ、私は怒っている。一昨日の医者代のことである。出張時に会社の金で海外傷害保険というのに入ってくるのだが、その病院では、それは扱ってないと言われたので、仕方なく金を払って領収書をもらってきた。海外傷害保険が適用されれば、1円も払わずに治療が受けられるのである。そこで、会社のバカ管理部に、こういう場合は、治療費はどうなるのか問い合わせたところ、その返事は、「治療は保険の効く病院で受けるのが原則で、保険が適用されない場合は、全額自己負担。」。はい、はい、わかりましたよ。こんな会社に入って、海外出張している私がバカでした。

6月15日(木)おみやげ
今回の久美子の希望おみやげは、「ラフレシアの種」。ラフレシアは世界最大の花(直径1メートル近い)で、インドネシアのスマトラ島のジャングルの中にしか生息していない。こんなもん、絶対に手に入らない。ということで、今回のおみやげは無し。帰国してからイヤリングを買ってやることで話がついた。

さて、明日の朝、チェックアウトして、その夜の便でシンガポール経由、日本に帰る。湿疹は治ったし、目の下のできものも小さくなった。ということで、今回の「海外出張報告」はこれで終了です。どうも長らくのお付き合いありがとうございました。