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ASEAN編(1999年7月6日〜8月12日)

7月6日(火)修学旅行?
関空からシンガポールへ行く飛行機の中で、どっかの中学校の修学旅行客といっしょになった。人数は40人くらいなので1クラスだけのようだ。シンガポール航空のスチュワーデスの真似をして、キャンディーを機内で配ったりと楽しそうにしてた。しかし、シンガポールに何を修学しに行くのか知らないが、制服着て行くのはやめてくれよな。
もし、あなたの町で、同じ服を着た外国人が40人もゾロゾロと集団で歩いていたら、異様なものに映るだろう。はっきり言って怖い。学校の先生は生徒を管理することばかり考えてないで、もうちょっと常識を持って考えてもらいたい。海外旅行の時くらい私服でいいじゃない。こんなんだから、日本人は海外から変な目で見られるんだよ。

7月7日(水)蒸し鶏
シンガポールは華僑の国だ。と言うか、中国人がマレーシアから独立させた国とも言える。だから、人口の75%が中国系で、残りがマレー系・インド系といった構成になっている。公用語は英語。シンガポールイングリッシュを略して「シングリッシュ」と私たちは呼んでいる。中国系の英語は慣れないと少し分かりにくい。

シンガポール料理で美味いのは何と言っても「蒸し鶏」である。特に地鶏のぶつ切りは美味い。骨ごとぶった切るので、その骨に着いた肉が美味いのである。ショウガとニンニクのタレで食べる。
それと、ビール。「タイガービール」というブランドのビールがあって、これがまた爽快な感じのビールで、アジア各国に輸出されている。美味い。

7月8日(木)国境越え
今日の仕事はジョホールバルーの客先訪問。そうあのジョホールバルーである。サッカーの日本代表がワールドカップ出場を初めて決めたあのイラン戦が行われた記念すべき場所である。
ここはマレーシアなのだが、シンガポールから行った方が近いので、いつもシンガポールの代理店の兄ちゃんと車で訪問する。日本に住んでると新鮮なのが、この国境越えである。シンガポールは島国だが橋でマレーシアと繋がっている。入国書類を車の中でボールペンで走り書きして、車に乗ったままパスポートと一緒に入国審査官に提出するだけ。荷物チェックも顔とパスポートの写真の照合も無い。オートバイやバスでの入出国も当たり前で、自転車や徒歩の人も大勢いる。マレーシアに住んでいて、毎日シンガポールに国境を越えて働きに来ている人もいる。ジョホールバルー近郊には日系企業も多く、その駐在員の子とも達は、毎日バスでシンガポールの日本人学校に通っている。不思議な光景である。

7月9日(金)タクシーで移動
昨日、ジョホールバルーから車でクアラルンプールまで3時間かけて移動し、今日の仕事が終ったのは夕方5時だった。
さて、ここでシンガポールの兄ちゃんとはバイバイして、タクシーでペナンまで大移動。約300kmを高速道路を飛ばして4時間かかった。料金は5千円くらい。日本のタクシーの1/10くらいかな。というか、日本だと絶対にタクシーに乗らない。し、もし乗っても会社が金払ってくれない。
そのタクシーの運ちゃんが日本の歌があると言って、テープをかけてくれた。聞こえてきたのは、♪あなたに女の子の一番大切なモノをあげるわ〜♪山口百恵のベストアルバムだった。マレー系の運ちゃんは、たぶんイスラム教徒だろう。この歌詞の意味を知ったら何て思うんだろうと考えてるうちにペナン到着。

7月10日(土)出張報告
今日は休日なので、朝からホテルで出張報告書(この日記のことではなくて、会社に提出する本当の報告書)を書く。これが苦痛なのである。毎日の客先訪問内容をレポートにしなければならないのである。これさえなければ、海外出張なんて遊びみたいなもんなんだが。

マレーシアは多民族国家である。人口ではマレー系が約40%と一番多く、中国系・インド系が続いている。政治はマレー系が握っているが、経済は他のアセアン諸国同様に華僑(中国系)が握っている。公用語はマレー語で、これはインドネシア語とほとんど同じなので覚えやすいのだが、残念ながら企業の管理職はほとんど中国系なので、商談は英語ばかりである。(中国系同士では中国語でしゃべっているが)
こうして考えてみると、日本ほど英語が通じにくい国もないんじゃないかなと思う。こと英語に関しては、日本はインドネシアと同レベルである。

7月11日(日)老人輸出
ペナン島はリゾート地なので、休日は賑やかである。また、日系企業が多く進出しているので日本人も多い。日本で定年退職後、退職金でこちらのマンションを購入し年金で老後をこちらで暮らしている人も多い。
これは、日本の「老人輸出」としてオーストラリアなんかで問題になったことがある。

7月12日(月)こんなん食べました
クリック・ヒア
代理店のおじさんと海鮮料理を食べに行った。水槽にいる魚やエビ・カニを選んで料理方法を指定するのだが、カニの水槽の前で思わず「え!」と声を出してしまった。一匹だけ変なのがいるのである。体長約40センチ。食べれるのか、店員に聞いたら「もちろん」との返事。塩茹でで400円。代理店のおじさんが言うには、ペナンの海岸ではよく取れて、メスのタマゴを食べるとのこと。
これは、恰好のみやげ話になると思ってオーダーした。下の写真がそれ。日本では特別保護動物で捕獲が禁止されているカブトガニである。
殻をめくると、イクラより小さく固いタマゴが何千と詰まっていた。
しかし、まずい。一口食べてやめた。代理店のおじさんによると、まずいしコレステロールが多いしで、こちらではメッタに食べる人がいないとのこと。おい、最初に言えよな。そういうことは。


7月13日(火)スッチーと・・・
ペナンからジャカルタへ移動。シンガポール航空で、ペナン-シンガポール、シンガポール-ジャカルタと飛行機を乗り継いでの移動である。で、その最初の便でシンガポール人のスチュワーデスが、前の便での忘れ物だと言って、日本語の文庫本をくれた。「大人もぞっとする原典 日本昔話」という、あんまり趣味に合わない本だったが、うれしそうな顔をして貰っておく。

これだけなら、まあ大した話じゃないんだが、次のシンガポール-ジャカルタ便でも、また同じスチュワーデスと一緒になったのである。こんな偶然というのは、そうそうあるものではない。これは、もしかしたら、もしかするかもとか考えてたら、彼女はビジネスクラス担当で、私はエコノミークラスの切符だった。そう、貧富の差が二人の間を引き裂いたのである。
結局、ジャカルタに到着、飛行機から降りる時に、「SEE YOU」「GOOD BYE」と挨拶を交わしただけだった。

7月14日(水)ワンピース
インドネシアの通貨ルピアの対ドルレートが去年来た時に比べて二倍くらいになっている。これは困る。外国人にとっては、物価が2倍になったようなものである。今回はあんまり遊べないな。
久美子に頼まれていた土産をホテルの近くのデパートに見に行く。「ボタンもジッパーもついてないワンピース」がご希望。理由はわかる。簡単に着れるからである。日本では嫁さんが絶対にそんな横着な服は買ってくれないので、私に頼むのである。
こちらの服にも、8号とか9号とか書いてあるのだが、日本とは基準が違うので全く参考にならない。とりあえず、売り場をうろちょろしていたガキの中から久美子と同じくらいの背丈の子供を指差して、店員に選んでもらった。気に入ってくれるだろうか。

7月15日(木)電話代
自宅に電話した。嫁さんからの情報によると、チュンソフトから「トルネコ2」のポスターが届いたとのこと。出発前に投稿したメールが掲載されたんだろうか。
日本にはめったに電話しない。インドネシアのホテルから日本に電話をかけると、高いのである。目安として、\300-/分。久美子と訳のわからん会話をしていると、すぐに20分くらい過ぎてしまう。今日も猫のペコの鳴き声を聞かしてくれると言って、電話中にペコを捕まえに行ってしまった。会社から支給される日当は、たったの$30-/日なので、そうそう電話などできない。

しかしたったの$30-で、1日3食、クリーニング代、チップ、などなど、どうやって生活しろっていうんだろう。宿泊費が$100-/日なので、それ以下の安いホテルに泊まって、金を浮かして何とかやって行っているが、もうちょっと日当を増やしてくれないかな。

7月16日(金)選挙結果
インドネシアの総選挙の結果が、やっと発表された。投票日が6月7日だったので、ちょうど開票に40日かかったことになる。投票前は「即日開票」なんて宣伝してたくせに。開票結果は予想通り、メガワティ女史率いる闘争民主党が第1党になったのだが、得票率は30%代であり、誰が大統領になるかは、まだまだ10月か11月に予定されている国民協議会(国会)までわからない。政情不安はもうしばらくは続きそうである。

さて、この開票結果なのだが本当に信じられるのだろうか。数日前というか昨日までは、開票率は60%くらいだったのに、今日いきなり100%である。しかも、かなり前から、7月17日(明日)までには必ず開票されると、噂されていた。その理由がおもしろい。
選挙管理委員会が、大量にレンタルしたパソコンの返還期限が7月17日だからだと言うのだ。昨日までは、その話を笑って聞いていたが、それが現実になるのだからこの国はおもしろい。

7月17日(土)豪遊
日本から出張してきている他のメーカの人や、こちら在住の日本人など計6名で食事をした。日本料理店で100万ルピア、カラオケで250万ルピアの計350万ルピア(約60万ルピア/人)使った。日本商社の人が奢ってくれた(と言うか、会社の支払いだけど)のだが、だいたい、こちらの25歳くらいの高卒男子の年収分だよ。日本円に換算すると、約6万円(1万円/人)なんだけどな。

インドネシア経済に貢献したと言う事で、良しとするしかないな。貧富の差だとか、国際的搾取システムだとかなんとか考え出すと、ビールがまずくなる。

7月18日(日)ゼルダの伝説 夢見る島DX
朝から、ホテルのベッドの上でボケーとNHKを見て過ごす。ゲームボーイ用のゼルダは完全に行き詰まってしまった。4つ目のダンジョンの入り口から先に進めない。ギブアップ。

7月19日(月)ここはどこ?
今日は、JAKARTAからBANDUNGへの移動。途中で、日系企業1社とインド系企業2社を訪問。インドネシアは開発独裁と言われたスハルト政権が外資の導入に積極的だったため、日系、香港系、韓国系、台湾系、インド系などアジアの外国資本の企業がかなり多くある。もちろんインドネシアの企業も多くあるのだが、ほとんどが華僑の経営の上に、外国人技術者や経営コンサルタントを雇用している。
だからインドネシアに来ていても、商談で面談するのは、そのほとんどがインドネシア人以外の外国人なのである。当然、日系企業では、日本人と面談する。インドネシアで日本人同士で商売するってのも、考えてみれば不思議というか変な話である。

7月20日(火)単身赴任
うちの代理店(2社あるのだが、そのうちのメインの方)は華僑系ではなく、プリブミ(いわゆるインドネシアの原住民)系の商社では業界最大手である。これは、オーナーの方針なのだが、従業員にも一人も華僑がいない。(このオーナーはアメリカ留学時代にスハルト元大統領と親交があったと噂されており、そのおかげかどうか国営企業には非常に強い。)

で、本社はJAKARTAにあり、ジャワ島全土に6つの支店がある。当然、人事異動もあり、JAKARTAから他の支店へ転勤になることもある。日本では転勤というと、子供の学校の問題や持ち家の住宅ローンの問題などから、単身赴任する人も多いと思う。この単身赴任は、てっきり日本独特の問題だと思っていたが、違った。
インドネシアでは別の理由による単身赴任が多いのである。それは、共働きの問題である。インドネシアでは共働きが当たり前で、女性でもそのスキルや勤め先によっては、旦那の何倍もの給料を得ている人も多いのである。こうなると、旦那の仕事の都合で、おいそれと引っ越すわけには行かない。いっしょに暮らすために旦那が転職する場合も多々ある。妻の給料と旦那の給料のどっちが多いかで決まるのである。
代理店のBANDUNG支店長は、JAKARTAからの単身赴任である。毎週金曜の夜に車で4時間かけて自宅に戻り、月曜の朝に同じく4時間かけて戻ってくるのである。ごくろうさん。

7月21日(水)ベチャ
インドネシアの庶民の足はベチャと呼ばれる人力車だ。サイドカーの横の部分を自転車の前に付けたようなもんだ。田舎に行くとタクシーなんかないので、このベチャを使わざるを得ないときがある。
なんせ人力なので、何十キロも先には行ってくれない。数キロが限界だろう。それに、山に登ってくれと言っても絶対無理だ。ホテルからレストランなんかへ行く時に使う。料金は、当然ネゴ(交渉)。5千ルピア(80円くらい)あれば、結構なところまで連れて行ってくれる。普段は、2・3千ルピアで充分だ。
夜、一人で歩くよりも、ホテルの前にいつもたむろしているベチャを使った方が安全とも言える。もちろん、ホテルのフロントに紹介してもらったベチャでないと、余計に危ないことになるが。
雨の日も使える。運転手(というのだろうか)がゴミ袋のようなビニール袋を貸してくれる。これを、頭からかぶって行くのである。みんなそうしているので、恥ずかしくない。

7月22日(木)すもう
出島が大関に昇進したとNHKがやっていた。この相撲っていうのは、海外では本当に不思議なスポーツとしてみられている。異様に太った人達が裸でぶつかり合ってるんだもん。見世物だよ。

7月23日(金)亀のダイナ
自宅に電話したら、久美子が「カメのダイナがタマゴを生んだ。」と大騒ぎしてた。白いタマゴを5つ生んだらしい。庭に埋めているとのこと。
夏休みなんだけど嫁さんの命令で毎朝2時間、勉強の時間だそうだ。帰国したら、「ルギア爆誕」を見に行く約束をした。

7月24日(土)マンガ
インドネシアでは、日本のアニメ・特撮はもちろん、マンガ(本)も大人気である。書店には、インドネシア語に翻訳されたマンガが山積みされている。
ドラえもん、名探偵コナン、ドラゴンボールといったアジアの定番から、キャンディ・キャンディ、ガラスの仮面なんかも人気があるらしい。値段はどれでも1冊100円くらい。ちょっと変わったところでは、「カリアゲくん」なんかも人気があるとのこと。4コママンガは、わかりやすいもんね。

7月25日(日)下痢
朝から、強烈な腹痛と下痢。過去の経験からして、間違いなく雑菌による急性腸炎だ。東南アジアでは、ずっとホテルで飲み食いするならともかく、田舎の食堂の衛生管理はめちゃくちゃ(川で食器を洗ってるところもあるし、その川では近所の人達が用を足したり入浴したりしてるんだから)なので、どんなに気をつけていてもやられる時はやられる。で、こうなると正露丸なんて全く効果なし。近くの薬局で、症状を説明して(インドネシア語しか通じないので、ホテルのボーイに通訳もかねてついて来てもらう)、強力な下痢止めと殺菌剤を購入する。インドネシアの病気にはインドネシアの薬が一番よく効く。

本当にいつコレラになってもおかしくない環境で仕事してるんだから、会社はもっと手当てをつけてくれよな。

7月26日(月)海老の都
薬のおかげで下痢は小休止状態。今日は車でBANDUNGからCIREBONへ異動。ちなみに、インドネシア語では、「C」は発音が英語とは異なり、チャ・チ・チュ・チェ・チョと発音する。だから、CIREBONGはチレボンと読む。
CIREBONは別名「KOTA UDANG(海老の都市)」と呼ばれており、太平洋岸に面したエビの産地である。夕食は当然、シーフード。でも、あんまりエビやカニばっかり食べてると、うちの課長みたいに痛風になるんだって。気を付けようっと。

7月27日(火)円高
ここ数日で5円も対ドルレートが上昇した。私にとって円高は「百害あって一利なし」なのである。会社の事業部は輸出比率70%であり、円高になるとそれだけ採算が悪くなる。それ以上にこたえるのが、出張旅費である。これもドル建てなので、円高というよりドル安(円高とドル安は同じように思えますが、少し異なります)になると、ドルの他国通貨への交換価値が下がるので、実質的に会社から支給される旅費が目減りするのである。

ま、これは私にはどうすることもできないことなので、気にせずお仕事。しかし昨日のシーフードで痛風にはならなかったが、下痢にまたまたなってしまった。まずいな。と思いつつ、車でPEKALONGANへ移動。

7月28日(水)ノストラダムスの大予言
ジャワ島、第4の都市SEMARANGに到着。ここで、代理店の若い兄ちゃんから、こっちの新聞に載っていた話として「日本では、この7月に世界が滅びると信じている人達が大勢いて、シェルターなんかに避難して大騒ぎになっている。」と教えてくれた。
例のノストラダムスの大予言のことである(ちなみに、インドネシアではノストラダムスなんて誰も知らない)。海外では、ごく一部の人の行動が、おもしろおかしく報道される。

7月29日(木)日本のイメージ
日本人から見たインドネシアのイメージっていうのは、ボルネオやニューギニアのような未開の地と言う感じだと思う。私の死んだばぁちゃんも、インドとインドネシアの区別がついてなかった。
で、逆にインドネシア人から見た日本とういうのはどうかと言うと、まだ、忍者や侍がいると思っているのである。これは笑い話ではなく、都会ではスーツを着たサラリーマンがノートパソコンを使いこなしているが、田舎では、ちょんまげ結った侍や忍者がいて女性はみんな着物を着ている、というイメージなのである。

7月30日(金)下痢再び
昨夕から、再び強烈な腹痛とともに下痢。今度は吐き気までついてきた。もうこうなったら絶食しかない。ということで、31時間絶食した(昨日の昼1時から今日の夜8時まで)。そして、絶食明けの食事はお粥。インドネシアでお粥はブブールと言うが、鶏肉やらニンニクやら何やかやと入っていて、ものすごく脂っこいので、ホテルのレストランに頼んで、何にも入ってないご飯と塩だけのブブ−ルを作ってもらって食べる。
侘しい。昨日からビールも飲んでない。つらい。日本でだったら、間違いなく有給とって寝てるけど、こっちでは仕事を休めない。休むとスケジュールがずれて帰国までずれてしまう。

7月31日(土)年間休日
朝食は抜く。昼はホテルでお粥。さすがに下痢は止まった。かなり頬がこけてゲッソリしたが、腹の肉はだぶついたまま。情けない体型である。
夕食で久しぶりにビールを飲む。食事は「ソト」という鶏肉と野菜のゴッタ煮のご飯かけ。

インドネシアでは、商社は土日の完全週休2日が一般的になっている。しかし、製造業の事務所は土曜の午前中はやっているので、私は土曜も半日は客先訪問だけど。
うちの代理店は、祭日やイスラム休日を入れると年間休日が115日くらいになる。これって、うちの会社の年間休日と同じなのである。しかも、年間に有給休暇が2週間あり、これは完全消化が当たり前だから、実質的に休日はうちの会社より多いのである。やっぱり、日本人は働きすぎだよ。って、私が言っても説得力ないけど。

8月1日(日)読書
体調もすぐれないし日曜なので、ずっとホテルの部屋で「指輪物語」を読んで過ごす。海外出張中というのは、休日以外にも飛行機の機中や待ち時間、毎晩(日本だとテレビ見てる時間帯)のヒマな時間をいかに有意義に過ごすかを考える必要がある。無意味に時間を費やしてると、ほんとうに人生をムダにしているような気になって、会社をやめたくなってしまう。そのヒマ潰しに持って来いなのが、読書である。
いつも、1回の出張で10冊は読む。もちろん重いので、文庫と新書が中心だけど。

8月2日(月)日本人技術者
お粥だけだと、もう身体が持たないので、とにかくビールを控えて昨日・今日はおかずを食べた。そのかいあって、体調は復活。という事で、今日は接待。

今いるのは、SOLOという田舎町なので、当地在住の一匹狼の日本人技術者をホテルのレストランで接待することになった。この日本人技術者っていうのが、本当に扱いにくい。たいがいが60歳を越えたじいさんなんだが、まあ、メーカーや商社からおごってもらうのが当たり前と思ってる人が多いんだよな。てめえら、何様のつもりなんだ。(良い人もいっぱいいるんですけどね。)

8月3日(火)疲れた
SOLOからYOGYAKARTAへ車で移動。明日は、朝6時45分の飛行機でSURABAYAへ移動。これがきつい。5時起きなんだよな。疲れもピークに達しており、夜の8時に寝た。

8月4日(水)高級コールガール
夜中の1時に目が覚めた。まいった。このまま朝まで起きててSURABAYAへ移動して、3件の客先訪問。吐きそうである。
その3件目が日系企業で、そこの工場長が本当におもしろいおっちゃんで、いつも仕事そっちのけで雑談をする。
今日はインドネシアの高級コールガールのお話。インドネシアでは、経済危機以降、ストリートガールが増えて問題になっている。生活のために日本円に換算したら1000円くらいから身体を売る女性たちが大勢いるのである。
しかし、モデルや女優ばかり集めた高級売春組織もあるらしく、そこでは2時間で6万円とかいう金額が相場らしい。6万円って言ったら、300万ルピアだから、一般労働者の年収に相当する金額である。よって、そこのお客さんは、スハルト大統領の一族や華僑の大金持ちだったとのこと。そして、その組織は今でもあるのだが、会員の紹介が無いと連絡がつかないとのこと。

で、知合いに会員がいないか? と聞かれたけど、知るか。

8月5日(木)インド人
SURABAYAから夕方の便でJAKARTAに戻ってきた。地方巡業もやっと終了。今晩はインド系企業の副社長に招待され、インド料理を食べに行く。このオッサンが何の目論みもなく、私を招待するはずもなく、強烈な値引き要求を受ける。
インド人のエリートってのは、本当によく働く。金にはうるさいが。
21世紀は、本当にインド人と中国人の世紀になりそう。

8月6日(金)メガワティさんのステッカー
交差点なんかで、子供たちが売りに来るのが最近流行のステッカーである。そのステッカーは、お札のコピーに新大統領候補のメガワティさんの肖像画が載っているものである。
これは、インドネシアの最高額紙幣の5万ルピア札に、スハルト元大統領の肖像画が印刷されているため、これを廃止しろという抗議の一環としてメガワティ支持者達が考案したものだ。何でも商売につなげるこの国の人達は本当にたくましい。

8月7日(土)チリソース
代理店のボスが、「みやげは何がいい」と聞いてきたので、嫁さんから頼まれていたチリソースとスパイスをお願いしたら、夕方ビン入りチリソース10本とナシゴレン(インドネシア風焼き飯)のインスタントスパイスが24袋が、ホテルの部屋に届いた。昔は木彫りの人形なんかを貰ったこともあるけど、何度も行ってると申し訳ないので、最近はこういう食品やティーシャツなどの安価なものを貰うことにしている。
ありがたいが、重い。10kg近くある。ビンが割れるかもしれないので、スーツケースには入れられない。ホテルでダンボール箱をもらって、それに詰め込んでハンドキャリーで持って帰ることにした。まだフィリピンにも行かなきゃならんのに。

8月8日(日)極楽
ホテルのプールで泳いで、プールサイドでビールを飲みながら読書。火照った身体で部屋に戻ってシャワーを浴びた後、クーラーをガンガンに効かせて昼寝。幸せ。

8月9日(月)恐怖のフィリピン
さてインドネシアでの業務も終了し、フィリピンのMANILA入り。実は、私はフィリピンが大嫌いなのである。とにかく怖い。
届け出さえすれば、誰でも銃を持てるのである。工場の守衛さんが、ショットガンをガチャガチャ言わせながら近づいてくるんだよ。西部劇に出てくるような、銃弾を肩から身体に巻きつけたやつなんかもいるんだよ。こんなのが暴発したら、たまったもんじゃないよ。
他にも、とにかく日本人を見たらたかろうとするやつらが大勢いる。片言の日本語で近づいてくるんだが、私はいつも無視するけど、無視するのも怖いんだよな。いつ撃たれるかと思うと。
だいたい、この国の殺人事件の6割に警察官がからんでいるという調査報告もあるくらいだから、もし日本人である私が殺されても、どう処理されるかわかったもんじゃないよ。

8月10日(火)フィリピンいろいろ
フィリピンの言語はタガログ語って言うんだけど、言語学的にはマレー語やインドネシア語と同じ体系らしい。民族も見た感じは同じである。
この国はマルコス政権が崩壊した後、アキノ女史の時代に経済的混乱がピークに達して、そこから回復しようとしていた矢先にアジア通貨危機にみまわれたため、経済はガタガタである。また、アキノ政権化でかなり民主化が進んだこともあり、労働運動なども活発で、ストライキなども頻発している。
今の大統領はエストラーダさんって言うんだが、政治には全くの素人の人気映画スターだった人で、日本のマスコミなんかでは「フィリピンの勝新太郎」なんて呼んでいたところもあった。あたり役が、盲目のガンマン役だったらしい。
フィリピン料理ってのは、これっていうのがないんだけど、スペイン統治時代が長かったこともあって、スペイン風の料理が多いとのこと。まあ、シーフードと野菜のごった煮を思い浮かべれば良い。ちょっと酸味がかった味付けで、これはこれで美味しい。
フィリピンでも日本料理店は数多くある。日本人だけでなく、現地の人もよく利用している。そんなに、現地料理のレストランと比べても価格が変わらないのである。その中で、特徴的な料理が「カリフォルニア巻」。手巻き寿司なんだけど、中にマンゴが入っている。はっきり言って、美味しくない。

8月11日(水)終った
やっと終った。明日の晩は我が家で晩餐だ。帰ったら、天ザルが食べたいな。
しかし、1ヶ月を越える海外出張は疲れる。1ヶ所でずっと仕事をしているならともかく、4カ国で泊まったホテルが12ヶ所。単純計算だと、3日に1度は移動だもんな。
訪問客先件数72件。しかし、レポートは9件しか書いてない。まずい。

以上を持って、海外出張報告を終了させていただきます。次回からは、ノートパソコンによるモバイル環境のため、リアルタイム更新が可能となりますので、日記形式に変更する予定です。