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インドネシア編
(1998年9月17日〜10月9日)

9月17日(木)担当変更
1年半ぶりのインドネシア出張だが、今回の会社の指示には納得できない。なんで、私が行かなくちゃならないんだ。表向きは「インドネシアは重要市場だから、もう一度、君にやってもらう。」だが、どう考えても「今、インドネシアは危険だから、将来有望な若手は出張させられない。」だ。この間は、核実験直後のインドに行かされるし、欧州や米国ばかり出張してる人もいるというのに・・・・・・・。
今回で11回目のインドネシア出張なので、インドのような新鮮な驚きは無いと思うが、過去の思い出も含めて書いていきたいと思う。特に、経済・政治危機で、どんな異常な世界になっているかを報告する。

9月18日(金)為替と賃金と物価
通貨危機により、インドネシアの通貨ルピアは昨年に比較して1/4まで価値が下落した。ちょうど、昨日の交換レートはRP80-/円である。これだけなら\135-/$とかいうのと変わらないのだが、インドネシアの平均賃金は30万ルピア/月(\3,850-/月)ぐらいである。日本では30万円/月ぐらいだろうから、同じ30万/月なのである(価値は1/80だが)。つまり、インドネシアの普通の人達にとっては、30万ルピアは日本人の30万円と同じ価値感覚なのである。
これを覚えていてほしい。でなければ、これからの話しの異常さが伝わらないと思う。

為替変動により、輸入品の価格はとんでもないことになっていた。
プレイステーション:300万ルピア(デパート)
うな重:16万ルピア(日本料理店)
ししゃも(2匹):3万8千ルピア(日本料理店)
日本酒1合:3万5千ルピア(日本料理店)
ビーフバーガー:8千ルピア(マクドナルド)

あなた、年収をはたいてプレステ買いますか? ししゃもが1匹で2万円近くしたら食べますか? もし、嫁さんがそのししゃもを黒コゲにしても笑って許せますか?
そう、これらの商品や食べ物は庶民とは全く関係ない世界のモノなのである。インドネシアには外国人と金持ちの世界と庶民の世界の2つの世界がある。この2つの世界のギャップは、そのまま先進国と発展途上国のギャップでもある。
こんな異常な世界がいつまでも続く訳がない。いつか、何かが起こる。

9月19日(土)3イン1
スリー・イン・ワンと呼ばれる交通ルールがジャカルタ(インドネシアの首都)にはある。朝のラッシュアワー時、主要幹線道路は、渋滞緩和を目的として、バスやタクシーを除く車には最低3人乗っていなければ通行できないという規制である。
これは、当初、渋滞緩和の切り札と期待されたが、全くと言っていいほどダメだった。この規制を新たな商売に結び付けた子供達がえらいと言うか何と言うか。
規制道路の手前で、大勢の子供たちが手を挙げて待っている。つまり、1人か2人しか乗っていない車にアルバイトとして乗り込むのである。そして、距離に応じて1千ルピアとか2千ルピアをもらう。通常、そういう子供達を載せるのは、ビシネスマンや金持ちなので、まさに小銭感覚である。子供達は、車から降りるとバス(300ルピアぐらい)に乗って元の場所に戻って、また手を挙げるのである。
1日で3〜4回乗り込めるらしい。小遣い稼ぎではなく、みんな家計を助けているのである。えらい。

9月20日(日)暴動の傷痕
5月のジャカルタ暴動は、日本でも大々的に報道されたため、今はどうなってるのだろうかと思っていたが、ほとんどその痕跡が残っていない。
あのニュースを聞いてなかったら、暴動があったということも信じられないほど、ジャカルタは平穏である。注意してクルマの中から見ていると、時々、焼かれたままのビルや窓ガラスが全て割れたままのビルとかを見かけるが、ポケーとしていたら気付かない程度のものだ。
国会の近くでは、学生が50人程度の小規模なデモを連日行っているが、軍・警察に包囲された状態で行われており、一般大衆を巻き込む可能性はない。
いったい何だったんだろうか、あの世界を震撼させたスハルト退陣デモは。スハルトが辞めたあとも、庶民の生活はますます苦しくなっているのに、どうして治まってしまうんだ。もちろん、このまま何も起こらないという保証はないが。

9月21日(月)ブロックM
今日は、現地の日本人客2人と飲みに行った。場所は、ブロックM。昼間はスーパーを中心に、たくさんの出店がある繁華街だが、ここは夜になると日本人専用の歓楽街となる。
「カラオケ」と呼ばれる高級クラブが林立しており、日本で言うなら銀座か北新地といった場所である。シーバースの12年もので、1本キープすると70万ルピアで3人で、120万ルピア使った。こんなことしてたら、いつか何かあると思いながらも仕事なので仕方ない(~_~;)。
カラオケの曲は、日本のスナックなんかよりずっとそろっている。カラオケボックス並みの曲揃えである。「スーパージェッター」や「レインボー戦隊ロビン」まである。しかし、客のおじさん達は演歌ばかりなので、とてもじゃないが歌えない。
店の女の子達は、日本語はしゃべれないし英語もまずダメである。つまり、楽しく遊ぶにはインドネシア語がしゃべれないといけない。私は、このためにインドネシア語を覚えたようなもんだ。

9月22日(火)珍商売
今日は、車でバンドンに移動だ。約3時間だが、高速道路に乗るまでに渋滞にあう(余談だが、渋滞のことを英語では、トラフィック・ジャムという。ジャムである。うまい言葉だと思う。)渋滞は東南アジアなら、どこでも日常茶飯事だが、この渋滞を利用したインドネシアならではの珍商売がある。
「3 in 1」はすでに述べたので他に2つ紹介する。
「窓拭き」:いきなり、兄ちゃんが、車のフロントガラスを拭き始める。しかも手当たり次第に。1台につき約10秒。これで、チップをもらおうとするのである。
「流し」:いきなり、2・3人の兄ちゃんがギターを弾きながら、車の横で歌い出す。これも約10秒。これで、チップをもらう。

はっきり言って、どちらも何の役にも立たない。「窓拭き」にいたっては、汚れた雑きんで拭かれるので、窓がよけいに汚れる。前回きた時には、ほとんどの車がチップなどやっていなかったが、今回は多くの車がチップを払っている。代理店の兄ちゃんの話しによると、もしチップをやらなければ、こっそりと車にキズを付けられるらしい。

9月23日(水)インドネシア語
インドネシア語は世界で最も簡単な言語と言われており、少しその気になれば結構しゃべれるようになる。まず、時制や人称による動詞の変化が無い。これは、本当にありがたい。また、文字はアルファベットであり、発音はローマ字と同じように表音文字となっている。特に、時制による動詞の変化は英語を習う上での最大の障害とも言える。I GO TO SCHOOL YESTERDAYでも意味はわかる。なにも、WENTなんて変化は必要ないと思う。インドネシア語は、エスペラント語と同じように人造語とも言えるので、このように簡単になっている。
他にも、複数形がおもしろい。子供は「アナック」という。その複数系は、「アナック・アナック」である。繰り返すだけ(全ての単語がそうという訳ではない。)。あと、BE動詞もない(使わない)ので、ただひたすら単語を覚えるのみ。しかも、もともと単語が少ないので、外来語が多い。「生産」は「プロダクシ」、「情報」は「インフォマッシ」とか、「電話」は「テレフォン」だし、「もしもし」は「ハロー」である。
で、その単語も何とも言えずおもしろいのがある。
「人」は「オラン」、「魚」は「イカン」、「飯」は「ナシ」でも「菓子」は「クエ」と覚えます。

9月24日(木)ミーナリパン
バンドンは、第1回アジア・アフリカ会議が開催された場所として歴史か地理の教科書に載っていたと思う。オランダ人が避暑地として開拓しただけあって、夜はクーラーがいらないし過ごしやすい高地である。
で、このバンドンには私が大好きなミー(麺類)料理の店がある。「ミーナリパン」という名前の店だ。とにかくうまい。ミークワ(ラーメンみたいなもの)のスープの味はもう天下一品である。値段は、100円(8千ルピア)くらいなので、現地では華僑向けの店である(店主も華僑のようだ)。
うちの業界では、ミーナリパンを知らないインドネシア担当者は「モグリ」と言われるくらい、有名な店である。
うぅ・・・、思い出しただけでヨダレが出る。

9月25日(金)インドネシア料理
インドネシア料理で、一般的なのはやはり中華系料理である。スンダ料理やパダン料理などというのもあるが、これらは地方料理であり、全国的にはやはり中華系となる。
料理の名前も中華料理と同じように、食材と料理方法がわかるようになっている。
ナシ(米)、アヤム(チキン)、ミー(麺)、ウダン(えび)、イカン(魚)などの食材と、ゴレン(フライド)、バカール(焼く)、ルブス(ゆでる)などを組み合わせる。
ナシゴレン(焼き飯)、ナシゴレンアヤム(鶏肉入り焼き飯)。ミーゴレン(ヤキソバ)、イカンバカール(焼き魚)、ウダンルブス(ゆでたえび)などなど。好きなように料理を注文できる。
他に、サテ(串)料理があって、サテアヤムは焼き鳥である。また、スペシャルというのもよく使う。店のオリジナル料理だが、ナシゴレンスペシャルというと、たいてい、チキンやエビなどが混ざった焼き飯で、上に目玉焼きが乗っている。
ホテルで、インドネシア風朝食を頼むとナシゴレン(焼き飯)がでてくる。毎朝、食えるものではない。

9月26日(土)飛行機
バンドンからジョグジャカルタへ、飛行機で移動する予定だったが、経済危機の影響で便数が大幅に減少しており、一度ジャカルタへ戻って、そこからジョグジャカルタへ移動することになった。
インドネシアの航空会社は、ガルーダ、メルパティ(ガルーダに買収された)、センパティなど数社あったが、今は、実質的にガルーダのみである。かつて、もうつぶれたセンパティに乗ったときのことだが、座席に祈祷書が付いていた。内容は、「キリスト教(英語)」「イスラム教(アラビア語)」「仏教(中国語)」の3つのお祈りが書いてあり、それぞれインドネシア語の訳が書いてあった。
いざと言うときは、「お祈り」だそうだ。仏教のお祈りは「南無阿弥陀仏・・・・・・・・」と長々と書いてあった。なんで、こんなもんがついてるんだ。だから、つぶれるんだ。
ちなみに、国内線の補償金額は最高で1千万ルピアだった。12万5千円・・・・死ぬわけにはいかない。

9月27日(日)ジョクジャカルタ
ジョグジャカルタ(ジョグジャ)は、インドネシアのジャワ島では最大の観光名所だ。もちろん、インドネシア最大の観光地はバリ島だが。
ジョグジャには、古代仏教遺跡がある。バリは、ヒンズー教である。なんでだろう、インドネシアは人口の約90%がイスラム教徒という、世界で最もイスラム教徒が多い国である。しかし、イスラムの歴史がインドネシアでは浅いため、観光名所は他の宗教になっている。
しかし、経済危機と政治危機のため、外国人観光客が激減しているため、このジョグジャのホテルもガラガラである。去年までは、100ドル以下のホテルを探すのに苦労していたが、今や20ドルで4スターに泊まれる。

9月28日(月)ソロ
車で移動。ソロに入る。ソロは、日本人にも少しは知られた都市である。「ブンガワンソロ」という歌を知ってる人も多いと思う(もちろん、年配の方だけだが)。このブンガワンソロ(ソロ川)は、めちゃくちゃ汚い、泥川である。なんで、こんな川を歌にしたのか理解できない。
さて、このソロ、5月の暴動で大被害があった。日本では、ジャカルタばかりがクローズアップされていたが、それは、外国報道陣がジャカルタにしかいなかったからであり、実際の被害(死者は4人だけだが)はソロの方が甚大だった。銀行、工場、商店などが次々と焼き討ちされて、その被害総額は6億円以上といわれている。うちの会社の得意先も1件、放火で焼かれて無くなっていた。

9月29日(火)友人
インドネシア人の友人のMR.RIADY(リアディ)が、ホテルに電話してきた。こいつは、3年前まで、うちの代理店にいたのだが、今はやめて別の会社で働いている。でも、いまだに付き合いがあり、時々日本にも電話してくる。
今30歳で、4年前に結婚した。しかも相手は、当時18歳。しかも、何と付き合い出したのは、リアディが13歳の時だと言う。その時、相手はたったの5歳だぞ。こいつは犯罪者かと思ったが、親同士の「いいなづけ」だそうだ。インドネシアでは、まだまだ、金持ちの間では、こういう習慣が残っている。
で、3年前に子供ができた。男の子だった。その前に、こいつは、私に「子供の名前をつけて欲しい。」と言って来た。まあ、外交辞令だなと考えたが、一応まじめに考えて、男でも女でも良い名前として「TSUBASA(翼)」という名前を考えてやった。
まさか、本当に付けるとは夢にも思わずに。
ツバサちゃんも、今や3歳になり、「HOW ARE YOU!」と挨拶するまでに成長した。(嫁さんが英語の教師なので、子供にも英語を教えてるらしい。)

9月30日(水)NHK
NHKの国際放送が、たいがいのホテルで見ることができる。1日中見てると、NHKというのはニュースばっかりやってるということがよくわかる。ニュースの合間に番組やってる感じだ。
日本とは2時間の時差があるので、朝の「天うらら」を見るためには6時15分に起きなければならない。かなりつらかったが、ほぼ毎日見ることができた。他には、「お江戸でござる」がおもしろかった。

10月1日(木)おしん
NHKの話ではないが、インドネシアで1番有名な女優は小林綾子である。そう、あの「おしん」の子役だった女優さんだ。インドネシアでは、「おしん」は伝説の番組と言われており、テレビ所有者が少なかったとはいえ、放映当時の視聴率は80%ととも90%ととも言われたお化け番組だった。小林綾子がインドネシアを訪れた時は国賓並の扱いだったらしい。
この「おしん」以来の日本製人気番組と言われているのが、ご存知「ドラえもん」た。やはり、ジャパニメーションは強い。また、ウルトラマンシリーズや東映戦隊モノも大人気である。

10月2日(金)ガルーダ
インドネシア最大の航空会社の名前だが、ガルーダとはインドネシアの伝説上の神の鳥である。このガルーダは、インドネシアでは企業やいろんなところに飾ってある。しかし、初めてこのガルーダを見た時、私たちの年代のテレビっ子は絶対に同じ事を考えるはずだ。
仮面ライダーのショッカーのボスである。あの、鳥のシンボルがガルーダそっくりなのである。石森章太郎もインドネシアに行ったことがあるのだろうか。

10月3日(土)イスラム教
意外かもしれないが、インドネシアは世界でイスラム教徒の人口が最も多い国である。約2億の人口のうち89%がイスラム教徒である。中東のイスラム国のような厳しさはないが、それでも熱心な教徒は、仕事中であってもお祈りを欠かさない。
1年に1ヶ月間、プアサと呼ばれる断食がある。日の出から日の入りまで、水も飲むことが許されない。この断食の趣旨は、食事を満足に取ることもできない貧しい人達の気持ちを分かり合おうという崇高なものである。が、日本の仏教と同じように、単なる習慣となってしまっている。また、イスラム教徒は豚肉を食べない。ブタは、糞尿をエサにして育てているという意識があるためか、不浄の生き物とされている。ヒンズー教徒が、神聖な生き物としてウシを敬って牛肉を食べないのとは異なる。
しかし、無神論の私には理解できないことが多い。が、イスラム教を戦闘的な宗教と誤解してる日本人は多いと思う。もとは、ユダヤ教、キリスト教と同じであり、神の言葉を伝えたのが、キリストではなくマホメットであったというだけだ。
それなのに、どうして仲良くできないんだろうか。

10月4日(日)食事
インドと違って、インドネシアでは何でも食べれる。日本料理、ステーキ、韓国料理、インド料理、タイ料理、もちろん中華料理、ハンバーガー、フライドチキン。本当に何でもある。(大都市での話だが)
私は、にぎり寿司やしゃぶしゃぶ、ステーキなどを食べている。日本でも滅多に食べられないものを毎日食べることができる。ざるそばでも、冷やし素麺でも、天ざるまで何でもその日の気分次第。
ホテルの朝食は、バイキング(ブッフェ)スタイルなので、毎朝、オムレツとパン、そして、スイカやメロン、パパイヤを食べて、オレンジジュ^スを飲んでいる。この話を聞いた、うちの久美ちゃんは、インドネシアに行きたくて仕方がない。とにかく、毎朝のメロンに目がくらんでいる。

10月5日(月)プール
メロン以外にも久美ちゃんがインドネシアに行きたがる理由がプールにある。ホテルにはプールがついているので、休みのときはいつもプールサイドで本を読みながら、ビールを飲んでいる。
どう考えても、日本では経験できない生活である。インドネシアにいる時だけ、上流階級意識に浸れる。

10月6日(火)WINDOWS
うちの会社の代理店もパソコンを導入したのだが、どうしてもE−MAILが送れないので見て欲しいと言われてチェックする。ただ単にアドレスを間違っていただけだったが、便利なものである。
ソフトが、私の使っているのと同じOUTLOOK EXPRESSだったので、日本語と英語(インドネシア語版WINDOWSはない)の違いを除けば、アイコンや配置・機能が同じなのである。パソコンは本当に世界をひとつにできるかも知れない。
英語版で、自分のページにアクセスしてみた。HTMLで書かれたものは全部、文字化けしていたが、イメージとカウンターはきっちりと表示された。この言語(フォント)の壁ももうすぐなくなるといわれている。全てのOSに各国言語フォント(英語、日本語、中国語、ハングル、アラビア語など)が標準装備され、ブラウザの言語自動認識の技術が進めば可能じゃないかな。
今、できる方法は、日記や何もかもをHTMLで書かずに、GIF画像として記載してアップすることである。もちろん、そんなことしてる暇人はそういないだろうが。

10月7日(水)おみやげ
代理店が、お土産をくれた。もう何回も来てるので、別に欲しいものもない。で、代理店も苦労したようで、くれたのは、「トラジャコーヒー」「チリソース」「ピーナッツ」だった。しかし、もうちょっとましなモノくれよな。どうせくれるなら。
ピーナッツは会社へのおみやげにした。(いつも、みんなチョコレートやタバコなので、このピーナッツは大好評だった。ビールが無いと文句を言ってたおじさんもいたが。)

10月8日(木)帰国
帰る。この間のインド出張と同じ3週間だったが、めちゃくちゃ早く過ぎ去った。えらい違いだ。インドネシアは、やっぱりいいなぁ。あんまり、日本に戻りたくない。こっちだと、イヤな上司はいないし、毎朝、運転手付きの車で移動だし、飯はうまいし、なによりも昼から毎日ビールを飲める。(会社にはヒミツだよ。)

今回は、まあ旅日記ではなく笑いもなかったが、普通の出張ってこんなモンです。次ぎは、12月にベトナム出張予定ですので、お楽しみに。