旅の最後は、大学時代からの友人の家に厄介になる事でした。 ご主人の転勤でニューヨークに10年前ぐらいに渡米してから、3人の子供を現地で育てています。 郊外の瀟洒な住宅街の一角に彼女の家はあります。典型的な中流家庭が住む地域。 今では、ヒラリー一家が近くに移り住んできたそうで、私が厄介になっていたときも、そのうわさに花が咲いていたようでした。
子供たちはすっかり、アメリカ人になっていて、私はアジアから来たおばさん。ついた日は、素晴らしい日本料理をご馳走になり、感激しました。 明治屋で何でもそろうのだそうです。 しかし、近年の不況で(日本)企業が次々と引き上げていくので、明治屋も閉店の憂き目にあったとか。私がお邪魔したときは、それでも
まだ1つだけお店が残っていました。
彼女は、異文化交流のボランティア団体を立上げ,その活動に積極的に関わって、毎日大変忙しそうに動き回っていました。 それでも、合間を縫っては私を色々な所に案内してくれました。 でも、私にとって、一番印象に残ったのは、彼女の家庭かな? 移民のアメリカ化を勉強した私にとっては、大変興味深い生きた教材を提供してくれたんですから。とにかく、とてもうまく入っている例である事は間違いありません。 おそらくは、ここまでくるには彼女の大変な努力があった
であろうことがしのばれます。.
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