1959.1.28に川を渡れば大阪という尼崎の東の端で生まれる。

今思えば本当に家族想いで働き者で明るく尊敬できる父!

そんな父に愛されて同じく働き者の母!

2歳上で頭がよく、格闘技大好きで、努力家の兄!

3歳下にスポーツ万能で、かけっこはいつも1等賞で家族思いの妹!

そして子供の頃から「お前は何を着せても似合うな」と、兄のお古を喜んで着、
「お前が努力したら、兄貴より頭がええんやで、知能指数も一番やし、ええ学校に行けるんやで」と、
耳にタコが出来ても勉強もせずに・・・
毎日神崎川の堤防で、誰よりも【H】な本を探すのが上手く友達にも一目おかれ、
いろいろな遊びを発見し、しかしなぜ川原にはHな本が落ちているのだろう・・・?
まぁそんなことはおいといて

何でも浅く広く手を出し、中途半端な性格。。。
今でも変わりない性格、『間違いない!』

小学生時代一番の思い出は
1970年のこんにちは♪人類の進歩と調和「大阪万国博覧会」
浜小学校の4階からソ連館のトンガッタ先っぽが見えると嬉しかったのを覚えています。

小田北中学では、バスケット部で頑張ったのですが
今思うと・・・これも中途半端にやってたような気が・・・
勉強も相変わらず努力もせずに、試験はもちろん一夜漬け
深夜放送に、はまったのもこの頃
「ヤンタン」「ヤンリク」「バチョン」他
リクエストはがきや小話など、書いて出しましたね〜
あまり読まれた覚えがないですけど。。。

それとバチョンの木曜日の浜村淳「思いでは映画と共に」のコーナーが好きで
その影響で映画を観るようになったのも
この頃から
スティーブ・マックイーン、チャールトン・ヘストン、
チャールス・ブロンソン、ポール・ニューマン
かっこよかったな
尼崎OS(五合橋線中央商店街入り口)や大毎地下へ、3本立てを観にいきました。
「パピヨン」「チャップリン」「ベンハー」
「大地震」「タワーリングインフェルノ」「燃えよドラゴン」
そして「スティング」この映画が私のNo.1です。

中二の時
「もしもあの日あなたに会わなければ、この私はどんな女の子になっていたでしょ〜♪」
と、歌う髪の毛の長い、ちょとたれ目の女性に恋しました。
ラジオ大阪の狭いスタジオの公開録音で初めて会ったときの感動は
今も思い出すたび胸がいたむMmm・・・
そんな普通の男の子で普通の成績で、その他大勢の中学生でした。
そして高校受験
その頃、小田北からは東高か小田高かどちらへも進学ができ
友達と「どっちへ行く?」「どっちでもええわ」
そんな高校受験
「ポーカーで決めよか」「それは面白いな」「僕が勝ったら小田な、お前が勝ったら東な。」
そんな進路希望
結果、友達が勝ち
【尼崎東高校】に決定!
今、思うとこの時私が勝っていたらどうなっていたのでしょう・・・!?
それも人生。。。

無事、東高に合格
ちなみに兄貴は北高、妹は小田高で3人とも違う公立高を卒業しました(笑)

そして