オーダーメイドの夜会服にリアリティを持たせる神戸という街

                                 ――― 映画「繕い裁つ人」を見る(2015.2.18)


「しあわせのパン」「ぶどうのなみだ」と北海道を舞台に撮っ てきた三島有紀子だが、
実は関西、それも特に成績優秀なお嬢様のみが集まるとされる神戸女学院大学の出身だ。
(ただし、大学だけの在籍なので、
内部進学 者の明晰なお嬢様ぶりにクラクラしたクチだ ろう。)
そんなわけで、マンガ「繕い断つ人」を映画化するにあたり、その舞台を神戸に設定したのは納得できるところだ。

祖母から引き継いだ洋裁店を細々と営むガンゴジジイのような主人公、
親子2代、3代にわたって、その店で服を作ってもらうなじみの客、
日々の生活に追われていても、一着くらいはオーダーメイドの夜会服を持つという暮らし、
そんな夢のような人たちが住んでいそうな街として、神戸は実にふさわしい。

百貨店の服飾担当の藤井は、古い洋館を作業場兼住宅にしている南洋裁店を訪れる。
店主が作る洋服の技術とセンスを見込んで、ブランドとして売り出したかったのだ。
しかし、店主の市江(中谷美紀が、孤高な美しさを体現。)は、乗り気ではない。
彼女のもとには、先代からの客のオーダーや、先代の服の手直しの依頼が集まっている。

映画の冒頭、先代が仕立てた「母のワンピース」を自分用に直して欲しいという少女の注文に、
市江は平然とワンピースに裁ちバサミを入れてドキリとさせる。
必要なら出来上がった服でも「裁つ」という仕立て屋の姿勢は、池辺葵の原作による。
実は、(「深夜食堂」を上品にしたような)ちょっといい話の読み切り連作だった原作を、
市江の心の動きに焦点をあてて整理し直したのは、脚本・林民夫の功績だ。

そして、そんな市江と、市江に関わる人々の暮らしを、どれだけ美しく活き活きと描き出し、
どんな風に映像として形にするかについては、監督・三島有紀子の力によるものだ。
そうした点では、原作・脚本も自分で手掛けていた前2作と異なり、
三浦有紀子自身が監督に徹することで、かえって映像作家としての力が発揮されたようにも思えた。

物語は、引き下がれない藤井(三浦・母は百恵・貴大)が、やたらと市江に付きまといつつも、
どれほどのこだわりをもって市江が服を作り、また、その服が人々に愛されているかを知る。
となれば、藤井にほだされた市江がさらなる一歩踏み出す、という結論は見えているのだが、
どんな風に、どの時点で映画を終えるかが、なかなかに繊細で絶妙だった。

そして、一生を添い遂げるようなオーダーメイドの服がテーマであったせいか、
映画を見ていても、ほとんど衣装のことなど気にしたことがなかったのだが、
この映画に限っては、衣装の仕立てられ方について相当に熱心に見ていたように思う。
ごくごく私的なことではあるけ れど。


    とことん地味で頑固で面倒な市江のような物語

                             ――― 池辺葵「繕い裁つ人」を読む

 1.池辺葵「繕い裁つ人」1巻を読む(2015.2.22)

映画を見てから読んだ原作なので、どうしても映画と見 比べてしまう。
しかし、映画がすでに数冊出ていてる既刊を踏まえて再構成されているのに対して、
原作の1巻目は、後々映画化されるなんてことを知るはずもなく、恐る恐る差し出した感じだ。

住宅街の一角に「南洋裁店」の看板が掛けてある。
窓際に置かれた古いミシンで、一人の女性が縫いものをしている。
静かな空間に、カタカタカタというミシンの音だけが響く。

祖母が始めた洋裁店を一人で引き継いでいる孫の市江だが、
仕事の多くは、祖母の作った服の仕立て直しや先代からのなじみの客の注文だ。
そこに、百貨店勤務の藤井が訪れて、というのは映画の冒頭そのまま。

しかし、映画では終盤に置かれていた市江の決意表明の場面が、いきなり第2話に登場していた。
つまり、映画においては、2時間かけて市江をめぐる大きな物語を描かねばならなかったのだが、
一話読み切りの原作では、市江は主役というよりも、狂言回しの役割を担っており、大きな物語を強く意識されていない。

それが当たり前の日常であるかのように、
毎回、市江のもとには、なじみの客から服の仕立て直しや新しい注文が持ち込まれる。
注文を受けた市江は、たんたんと繕い、裁ち、仕上げていく。
持ち込まれるオーダーメイドの服には、おのずと客の人生が重ねられており、
服を仕立て直すことによって、客の人生が仕立て直されていく。

この感覚は、何かに似ている。
洋裁店版「深夜食堂」というところか。

 2.池辺葵「繕い裁つ人」2巻を読む(2015.2.22)

1巻で、市江のことを狂言回しの立場と書いたが、
相変わらず店に出入りする藤井に対する思いなど、大きな物語もゆるやかだが流れている。
ともすればストーカーに近いつきまとい方をする藤井だが縫製技術などの知識もあり、市江の仕事の最大の理解者でもある。

また、「深夜食堂」を思い出させるとも書いたが、客の人生を取り扱っているというだけでなく、
絵柄も白っぽく、全体に静かな印象を受けるせいでもあるのだろう。

もともと、走り回ったりするような作品ではないのだが、
正面を向いた顔を多用しているのも、ことさらに動きを止めているような感がある。
それが意図的なものなのか、作家の個性なのかはよくわからないのであるが。

 3.池辺葵「繕い裁つ人」3巻を読む(2015.3.18)

メカにリアリティがないという少女マンガに対する悪口に対す る反論もあったのだろう。、
ある少女マンガ家が、服の素材や縫製と柄の関係を描き分けられない少年マンガはいかがか、という指摘をしていたことがある。

そんな物言いをしたくなるのもわかるほどに、少女マンガの服装の描写は丁寧で微細だ。
ましてや、それが洋裁店をテーマにした物語であるなら、なおさらだ。

「夜会」に訪れた客たちの服を、百貨店に勤める藤井はこう形容する。
 「あたたかみあるフェルト生地でマーメイドラインを更にクラシックに仕上げてる」
 「ベロアのトップにシフォンのスカート、インナーで裾にボリュームを出している」  
 「シンプルなドレスだけど、あれはモヘヤ混のウールで個性的に見せてるのか」
そんな形容がふさわしいドレスが、そこに描かれている(はずだ)。
もちろん、それをそれとわかるような眼力はないが、描かれた服たちは素人目にも美しい。

そして、市江は、相変わらず服を仕立て直したり、
時に、あえて手をつけなかったり、自ら切り裂いたりしながら、
いつのまにか、夫婦の深い愛情を再確認させたり、確執があった姉妹を和解させたり、
時に、離婚した先輩の想いを受け止めたりしている。

大きな物語としては、市江はついに「展示会」という名の新作発表会を行う。
案内状の送付先を見ていると、南洋裁店は蕨市を思わせる「蕨ヶ丘市」にあるらしい。
蕨市がどんな街かはよく知らないが、少し意外。
映画が神戸を舞台にしたことから勝手に横浜をイメージしていたが、考えてみれば作品中に海のイメージは出てこない。

それはそれとして、もう一つ、市江の作品を形容する言葉を紹介しておこう。
祖母の教え子にあたるデザイナーが、コラムで「市江の展示会」を取り上げたのだ。

 「軽量の上質なフランネルで作られたチャコールグレーのスーツは、
 自然な肩の傾斜で穏やかな雰囲気をかもしながらも、極わずかにウェストがシェイプされ、
 洗練された印象を与える。あくくまでも、体形補整を意識した上での若干の前肩縫製。」

むろん、それは藤井のために作られたものだ。
こちらの物語も動き出しつつある。


 4.池辺葵「繕い裁つ人」4巻を読む(2015.6.9)

丸福百貨店で行われる洋裁教 室の展示会に、市江は、祖母の作った服を出品する。
南洋裁店の蔵には、先代の作った服が大量に残されているのだ。

そこに登場するのが、南洋裁店での展示会に登場した祖母の教え子のデザイナーたち。
さらに、パリ留学中だった「翔くん」なる若者まで登場する。
ここへ来ての新キャラクターの登場は、どうなのだろう。
むしろ、祖母と市江の過去を「昇華/消化」させるための展示会だったはずなのに。

そして、盟友の牧さんは結婚する。
市江は、ちっとも変わらないまま。

 5.池辺葵「繕い裁つ人」5巻を読む(2015.6.9)

単発の「ちょっといい話」の合間に、藤井は丸福百貨店のパリ 支店に転勤になる。
それと並行して、「翔くん」のプロジェクトも進行している。
あと1巻で終わると知っているだけに、この新展開はどこに落ち着くのか心配になる。

結局、パリに旅立つ藤井が市江に求めたのは、一着のコートの注文だけ。
ほんとうに、それだけ。
そして、たんたんと注文のコートに取り組む市江。
南洋裁店に、ミシンの音だけが響く。

 6.池辺葵「繕い裁つ人」6巻を読む(2015.6.9)

最終巻。
藤井がパリに行ってしまっても、あいかわらず市江は、南洋裁店を訪れる客たちに小さな幸せを送り続けている。

そして、そのまま最終話に至る。
急転直下の劇的な市江と藤井の再会があるというわけでもなく、
丸福百貨店の企画イベントに出品することにしたと、市江が藤井に手紙を書いたところまでで終わる。

ほんのりと動きだす気配を感じさせたところで物語を終えるというのは、
いかにも市江らしい不器用さではあるが、本当に、これで終わる気なのかという不満も残る。

映画も、そんな風な終らせ方であったけれど、というところで思い出したのだが、
映画で印象的だった車いすの花嫁に向けたウェディングドレスは、どうやら映画オリジナルであったらしい。

そういうわけで、マンガ版全6巻の読後感としては、
とことん地味で頑固で面倒な作品であったということにつきそうだ。
市江だけではなく。




      映画「繕い裁つ人」公式ページ             
       Wikipedia 「繕い裁つ人」ページ    

トップ       映画・舞台評